ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

ぼくの2016年ブッカー賞ショートリスト予想

 今年のブッカー賞ロングリストに選ばれたのは、なぜか13作。このうち、ぼくが読んだのは6作だけ。しかも、ロングリスト発表以後に読んだのはたったの4作だから、あちらのファンの読書量とくらべるとお寒いかぎりだ。
 だから「予想」と題してもヤマカンに近い。上の6作から選ぶしかない。が、いちおうイギリス各社のオッズを参考にして読んだので、これらはショートリストに残るかもしれない。ただしこのオッズ、例年ハズレが多いので、あまり当てにはならない。
 さて、アメリカ馬の本命は、なんと言ってもピューリッツァー賞作家、Elizabeth Strout の "My Name Is Lucy Barton"(☆☆☆★★★)だろう。過去のブッカー賞受賞作、たとえば Julian Barnes の "The Sense of an Ending" などと似た〈人生しみじみ系〉の味わいがある。
 Paul Beaty の "The Sellout"(☆☆☆★★★)も確実だと思うが、これはご存じ今年の全米書評家協会賞の受賞作。新味がないのが難点だ。アメリカ馬をレースに参加させた弊害のひとつかも。
 イギリス連邦馬で本命の呼び声が高いのは、Deborah Levy の "Hot Milk"(☆☆☆★★★)。心にしみる場面が多く、これも〈人生しみじみ系〉。対抗馬は Ian McGuire の "The North Water"(☆☆☆★★)と目されているが、こちらは冒険小説・犯罪小説と言ってよく、ゲートインするのはむずかしそうだ。
 David Szalay の "All That Man Is"(☆☆☆★★★)も〈人生しみじみ系〉。これは形式的には短編集。ってことは、実質的には長編という判断があったものと思われる。その意味では、選考委員諸氏の注目を集めていると言えるかもしれない。
 ご存じノーベル賞作家、J. M. Coetzee の "The Schooldays of Jesus"(☆☆☆★★)は穴馬扱いされているようだが、ぼくはあまり買わない。彼のファンには申し訳ないが、もう旬の作家ではないと思う。
 それより未読だが、A. L. Kennedy の "Serious Sweet" に注目したい。Kennedy といえば、ぼくは2007年のコスタ賞大賞受賞作 "Day" にノックアウトされた憶えがあるからだ。
 というわけで、☆☆☆★★★を進呈した上記の4作に "Serious Sweet" を加え、ぼくのブッカー賞予想としたい。あ、ひとつ足りないか。では Coetzee をしぶしぶ追加。頭ひとつ抜けた大本命不在のレースかもしれませんね。以下、"Day" のレビューを再録しておこう。

Day

Day

[☆☆☆★★★] 第二次大戦中、ロンドンで咲いた青年兵士と人妻の恋物語……というと陳腐なメロドラマに聞こえるが、どうしてなかなか内容の濃い力作である。ひとつには、複雑な語りの構造が効果的で、下手に書けば月並みになる心理が平凡に堕していない。主人公は爆撃機の元砲手。戦争の記憶がまだ生々しいころ、ドイツの捕虜収容所を舞台にした映画にエキストラ役で出演。戦時の回想と現在の心境が、内的独白や客観的な心理描写によって交互に綴られる。その回想も女との出会いと交際だけでなく、同じ爆撃機の乗組員や捕虜仲間との交流、殺意を抱くまでに高じた父親への反発など、現在の時間進行に応じてさまざまな過去へとさかのぼる。ユーモアに富んだ会話が楽しい一方、連絡の途切れた女や亡き戦友への思いなど、次第に浮かびあがる心の傷が重みを増し、それぞれの場面に緊張感がある。この緊張関係を生みだすもの、それはやはり戦争という死と隣り合わせの状況である。そうした極限状態におけるさまざまな感情を凝縮させて表現している点がじつにみごと。頻出する省略表現に加えて話法や視点の変化も多く、英語の難易度はかなり高い。