ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ian McGuire の “The North Water” (2)

 きのうカバー写真をアップしたペイパーバックは来年1月発売予定。ぼくがイギリスから取り寄せたハードカバーは、なぜかアップできる選択肢にはなかった。
 そこでアマゾンUKを調べると、レビュー数59で星4つ半。各社のオッズどおり、ブッカー賞レースの対抗馬にふさわしい高評価である。
 たぶん映画化されるのではないか。絵になるシーンが多いし、なにしろ「スリルとサスペンス満点の展開で息をつく間もないほどだ」。という陳腐なホメ言葉が掛け値なしに当てはまる作品である。邦訳もきっと出ることでしょう。××書房あたり、飛びつきそうですね。
 けれども、ぼくの評価は☆☆☆★★。「読み物としては非常におもしろい」。「が、読んだあと、心に残るものは何もない」。あんた何さまのつもり、と指弾されそうな斬り捨てゼリフだが、ほんとに何も残らなかったのだから、ほかに言いようがない。レビューらしきものを書く習慣がなかったら、ああ、おもしろかった、の一言でおしまい。
 ただ、☆☆☆★★というのは、決して低い点数ではない。採点方式の元ネタ、故・双葉十三郎氏の著書のうち、本書と同系列の映画を集めた『外国映画 ハラハラドキドキ ぼくの500本』(文春新書)によると、☆☆☆★★にはこんな作品がある。『ターミネーター』、『コマンドー』、『アンタッチャブル』、『ジュラシック・パーク』、『ザ・ロック』。
 もちろん映画と小説の違いはある。だからしょせんお遊びなのだが、こうした佳作群をふりかえると、「冒険小説と犯罪小説の味わい」があるこの "The North Water"、たしかに『ターミネーター』級のおもしろさだと思いますよ。
 が、文学作品としてはオザナリの点がある。たとえば、「背筋の凍るような殺人鬼」から発した悪の問題について、船医と乗組員のひとりが意見を交換するくだりなど、いかにも型どおり。何やら文学的な雰囲気がただよっているにすぎない。
 19世紀の捕鯨を描いた小説といえば、誰でも思い出すのが "Moby-Dick"。Ian McGuire は、明らかにあの名作とハナから勝負しようとしていない。べつの土俵で相撲を取っている。それが文芸エンタテインメントというわけです。
(写真は、宇和島市来村(くのむら)川。ほとんど海だ。向こうに見えるのは、板島橋と宇和島道路の高架橋)