ゆうべようやく、今年のブッカー賞最終候補作、Madeleine Thien の "Do Not Say We Have Nothing" を読了。すっかり遅くなってしまった。諸般の事情というやつで、ひとつには風邪のせいだが、さて、どんなレビューになりますやら。
追記:その後、本書は2016年のギラー賞を受賞しました。
[☆☆☆★★★] 政治と音楽を対位法的にとらえた重厚な大河
歴史小説。主旋律のひとつは、
文化大革命と
天安門事件を頂点とする激動の中国現代史だ。正義という名の粛清、大衆ヒステリー、公開リンチ、そして暴力、殺戮、弾圧。
全体主義の恐怖が劇的かつ臨場感たっぷりに描かれる。タイトルは中国版『インターナショナル』の英訳歌詞の一節で、これを歌いながら人民が
人民解放軍に立ち向かうところに痛烈な風刺が読みとれる。どのエピソードもおそらく史実、ないしは史実にヒントを得たものと思われる説得力があり、その集積として浮かびあがるのが恐るべき
ディストピア。正義から圧政、殺人にいたる過程は
ドストエフスキーの『悪霊』と軌を一にしている。もうひとつの主旋律は音楽だ。事件に巻きこまれるのが三人の音
楽家とその家族とあって、音楽の話題はつねに政治と平行して進む。真の音楽は作曲家の魂から生まれ、
演奏家の霊感を通じてリスナーの心に直裁に響いてくる。こうした音楽の特性はまさしく自由そのものであり、本来、
イデオロギーの及ぶところではない。それを政治の現実と対峙させることで、自由と圧政という対位法も生まれている。おなじみのテーマだが、それを音
楽家たちの人生および国家の歴史としてフィクション化した点がみごと。大力作である。