ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Madeleine Thien の “Do Not Say We Have Nothing” (3)

 ふたたび言うと、これはヤバイ本です。もし本書がめでたく栄冠に輝いたとしても、邦訳は出ないかもしれない。政治的なリスクがあるからだ。
 ここには彼の国の暗黒の歴史がしるされている。文化大革命については、たぶん、似たり寄ったりの事件が頻発していたのではないかと想像する。何だか知らないが、すごいことが起こっているようだ、というのが当時、ノーテンキなノンポリ少年?だったころの率直な感想だ。その後、べつに詳しい史料に当たったわけではないが、wiki によると、さすがに当局も「歴史的悲劇」が起こったことは認めているらしい。
 ところが、天安門事件となると話は一変する。民主化運動家と当局の見解が真っ二つに分かれているからだ(これまた wiki からの受け売りですが)。本書はもちろん、前者の立場に即して書かれたものである。一方、当局のほうでは「最大のタブーの一つ」として、現在でも「事件の隠匿が行われている」という。それゆえ邦訳の刊行にも、どんな横槍が入るか知れたものではないという意味で「政治的なリスクがある」。
 このあたりの事情を踏まえ、ぼくはレビューにこう書いた。「どのエピソードも史実にヒントを得たものなら歴史小説だが、中国当局の主張が正しければディストピア小説。いずれにしても、正義から圧政、殺人にいたる過程はドストエフスキーの『悪霊』と軌を一にしている」。
 われながら、なんだか奥歯にものがはさまったような言い方ですな。地雷を踏みたくないからだが、その点、作者の Madeleine Thien は明らかに地雷を踏んでいる。彼女自身、あるいはブッカー賞レースそのものも政治的な圧力を加えられるかもしれない、と危惧するのは小心者の考えすぎでしょうか。
(写真は、宇和島市東禅寺からながめた市街、および亡父の愛した山々)