ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Madeleine Thien の “Do Not Say We Have Nothing” (4)

 これはシンドイ、ヤバイ本ですが、なかなかいい。ということで点数は☆☆☆★★★。採点法のパクリ元、故双葉十三郎氏の『西洋シネマ体系』の簡略版『外国映画ぼくの500本』(文春新書)をチェックすると、『カサブランカ』や『ベン・ハー』などと同点である。え、そんなにすごい作品だったっけと不安になるが、「大変な力作」には違いない。ま、いいでしょう。
 政治と音楽という対位法のうち、政治のほうでは、不謹慎な発言に座布団が飛んできそうだが、「舞台が中国に変わっただけで二番煎じ」。Dostoevsky や Orwell の世界に付け加えるものはほとんどない。要するに、現実の歴史の流れにそって描いた全体主義ディストピアである。(ここで少しだけ地雷を踏むと、共産主義全体主義であり、あの国が全体主義国家であるという認識のない人が、どこかの国にはたくさんいるようですな)。
 ぼくが本書を高く評価するゆえんは、政治ではなく、もっぱら音楽のほうにある。「音楽の特性はまさしく自由そのものであり、本来、イデオロギーの及ぶところではない」。このことが小説の中でこれほど明確に示された例は、ぼくの乏しい読書体験では、ちょっと記憶にありません。
 関連する箇所をいくつか拾ってみよう。文革の嵐が吹き荒れるなか、女流ヴァイオリニストの Zhuli はこう思う。She had given every bit of her soul to music. .... The quiet would show her the way out. Silence would expand into a desert, a feedom, a new beginning. (p.254) She wanted to preserve the core of herself. If they took away music, if they broke her hands, who would she be? (p.270)
 また彼女はこう述べている。She said, "The only life that matters is in your mind. The only truth is the one that lives invisibly, that waits even after you close the book. Silence, too, is a kind of music. Silence will last." (280)
 バッハの『ゴルトベルク変奏曲』(グレン・グールド盤)を聴いた作曲家 Sparrow はこう思う。Inside Sparrow, sounds accumulated. Bells, birds and the uneven cracking of the trees, loud and quiet insects, songs that spilled from people even if they never intended to make a noise. He suspected he was doing the same. Was he, unconsciously, humming a folk song or a Bach partita ....? .... sound was alive and disturbing and outside of any individual's control. Sound had a freedom that no thought could equal because a sound made no absolute claim on meaning. (pp.314-315)
 これらは音楽および音楽の一部としての静寂の本質、つまり音楽の自由性をみごとにとらえた一節である。ぼくはこの点をレビューで次のようにまとめた。「真の音楽は作曲家の魂から生まれ、演奏家の霊感を通じてリスナーの心に直裁に響いてくる。こうした音楽の特性はまさしく自由そのものであり、本来、イデオロギーの及ぶところではない」。
 グレン・グールド盤、それも彼の白鳥の歌となった二回目の録音は、ぼくもBGMながら今まで何度聴いたかわからない。あんまり聴きすぎて、今ではピアノならコロリオフ盤、チェンバロならスコット・ロス盤に浮気しているくらいだ。
 上のくだり以外にも、バッハの話はたびたび出てくる。プロコフィエフチャイコフスキーラヴェルその他、いろんな作曲家の中でいちばん登場回数が多い(はずだ)。そこで『ゴルトベルク』をはじめバッハの曲を思い浮かべながら、ついでに中島みゆきの歌を思い出しながら、そうそう、やっぱり「真の音楽は……」と音痴のくせに考えたのでした。
 てなわけで、「これはシンドイ、ヤバイ本ですが、なかなかいい」ですよ。
(写真上は、宇和島市来應寺。写真下、来村(くのむら)川の近くにある)