ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anita Brookner の "The Next Big Thing"

 ゆうべブログを更新するはずだったが、晩酌に獺祭の発泡にごり酒を飲んであえなくダウン。見ていた映画の粗筋もろくに憶えていない。
 苦手とわかっているのに日本酒をトライしたのは、たまたま見た紀行番組で、ぼくと同い年くらいのジッチャンたちが、金沢のおでん屋さんでおいしそうに濁り酒を飲んでいたから。ホッコリしていい感じ。ひとつぼくも、と思ったのが運の尽きだった。
 紀行番組や時代劇などを除くとテレビはあまり見ない。ニュースは、各局とも偏向ぶりがひどいので敬遠。少しはましなネットでたまに読む程度。最近ビックリしたのは、アメリカの新大統領誕生で、メキシコとの国境がにわかに?注目を集めていることだ。へえ、前回まで感想を書いていた Yuri Herrera の "Signs Preceding the End of the World"、まさにトピカルな題材を扱っていたのですな。
 けれども、題材がトピカルなのであって、テーマは政治とは無関係。文学は政治とはまったく関係ないとは言わないけれど、政治を超えた問題を扱うものだ。すぐれた政治小説とは、すべて〈超政治小説〉である。Dostoevsky の "Demons"、Orwell の "Animal Farm" や "Nineteen Eighty-Four" しかり。一方、どこかの国の文学者には、偏った政治観の持ち主や政治音痴の人が多いようだ。だからその小説も……
 いかん、つい脱線してしまった。趣味の世界に戻ろう。まず就眠儀式としては、吉田秋生の『櫻の園』をやっと読みおえ、いまは同じく秋生の『吉祥天女』。2回目だが、とてもおもしろい。あの妖気、ゾクっとしますな。
 いま調べると、実写映画もあるとは知らなかった。『櫻の園』は、原作より映画のほうが、こまかい心理描写の点でずっとよかったけれど、『吉祥天女』はどうでしょう。コミック版の妖気をリアルにしたものを想像すると、ヘタに想像しないほうがいいような気がする。
 夜寝る前、キッチンで読んでいるのは豊島ミホの『檸檬のころ』。座って読むと、さすがに先へ進む。梶井基次郎のパクリのようなタイトルだが、わりといい。いまどきの若者言葉から成り立つ会話がぼくには新鮮だが、きっと最近の日本文学ではフツーの現象なんでしょうね。
 第3話「ルパンとレモン」がちょっと泣ける。「俺の手のなかには、秋元といたしるし。レモンの香り」。初恋はレモンの味とよく言うが、これは香りバージョンですかな。ともあれ、innocence が experience により傷つきながらも innocence を保つ、という例の図式がここでも読み取れる。
 さて、肝心の通勤読書だが、Anita Brookner の "Look at Me"(1983)を読んでいる。えっ、あんた、遅れてますなあという声が聞こえてきそうだが、これでも Brookner は数えてみると5冊目。ぼくにしては、わりとカバーしている作家だ。
 ただ、この前読んだのが、記録によると何と11年前。まだ点数評価もしていなかったころだ。それゆえ怪しい記憶をたどるしかないのだが、いちばん印象に残っているのはやはり、1984年のブッカー賞受賞作、"Hotel du Lac" でしょうか。
 最近はどんな作品を書いているのだろうと気になり、いまネットを検索したところ、ゲッ、昨年3月10日に死没! ちっとも知りませんでした。生まれたのは1928年。だから、"Look at Me" も "Hotel du Lac" も、おそらく作家として脂ののっていた50代なかばの作品ということになる。
 ほんとはきょうは "Look at Me" についてオシャベリを始めようと思っていたのだが、この訃報を知ったからには追悼記事を書かねばならない。といっても、11年前に書いた "The Next Big Thing"(米版タイトル "Making Things Better")のレビューに急遽、レビューを読んで、たぶんこれくらいかな、という点数を追加したものだ。(ほかの作品については、EXCELに打ち込んだ寸評しか残っていないのでカット)。
 これもいま調べてわかったのだが、同書は2002年のブッカー賞候補作だったとのこと。謹んでご冥福をお祈りします。

Making Things Better (Vintage Contemporaries)

Making Things Better (Vintage Contemporaries)

[☆☆☆★★★] 結末の余韻にひたりながら、何気なく冒頭部分を読み返してみると、そこが全編の主題を象徴的に暗示していたことに気づいて、しばし呆然。いきおいその先を読むと、これが初読のとき以上に面白く、一気に最後まで読み直してしまった。こんな経験は初めてだ。推理小説なみに張りめぐらされた伏線、一語たりとも無駄のない描写、計算しつくされた緊密な構成などなど、最初は気がつかなかった本書の美点に目から鱗が落ちる思い。あえて弁解すれば、物語の進行がゆるやかなだけに、地味な印象に惑わされたのだ。しかし考えてみれば、何しろ主人公は73歳の孤独な老人。派手な展開を期待するほうが間違っている。老人は、家族のために尽くして報われず、子供を作らないまま妻と別れ、離婚後、初恋の相手にプロポーズしてふられ、今では公園の落葉を観察したりしている。身につまされる読者も多いはずだ。「恋と孤独、後悔は、人類共通の嘆きの種」という箴言が出てくるが、これは本書を要約した言葉でもあるだろう。