ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elif Shafak の “10 Minutes, 38 Seconds in This Strange World”(1)

 ゆうべ、今年のブッカー賞最終候補作、Elif Shafak の "10 Minutes, 38 Seconds in This Strange World"(2019)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

10 Minutes 38 Seconds in this Strange World

10 Minutes 38 Seconds in this Strange World

 

[☆☆☆★] 人間の脳は、心臓が停止したあと10分38秒間も活動をつづけた例があるという。この生から死にいたる過程で、ひとはなにを思うのか。イスタンブールで何者かに殺害された売春婦ライラの脳裏には、幼いころからの思い出が走馬燈のように去来する。生みの母を実母とも知らず、叔父から性的暴力を受けるなど不幸の連続だった家庭生活。苦界に身を沈めたのち、左翼活動家の学生と暮らした幸せなひととき。一緒にデモに参加して警官隊に追われる場面に迫力がある。中盤をすぎたあたりから前面に出てくるのがライラの友人たちで、無縁墓地に埋葬された彼女の遺体を掘りだし、ボスポラス橋から海へ投下して水葬に付すまでのコミカルなドタバタ劇が楽しい。左右両派が激突し、宗教的・伝統的な価値観と、合理的・現代的な価値観が対立する「分裂病の街」、大昔からなにひとつ固定したものがない「液状の街」、イスタンブールにあって、いわば「水は血よりも濃し」。家族のつながりよりも友情のほうが心に染みわたる、というのが全篇のテーマだが、さほど胸にひびくものはない。おもしろい読みもの、という程度の水準作である。