ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rohinton Mistry の “Such a Long Journey”(1)

 きのう、1991年のブッカー賞最終候補作、Rohinton Mistry の "Such a Long Journey" を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

Such a Long Journey: Faber Modern Classics

Such a Long Journey: Faber Modern Classics

  • 作者:Mistry, Rohinton
  • 発売日: 2016/02/04
  • メディア: ペーパーバック
 

[☆☆☆★★] 人生に混乱や異変はつきものだが、それが当人にとっては悲劇であっても、他人には喜劇としか思えないこともある。本書の場合、そんな人生の悲喜劇は個人の領域にとどまらず、政治的、社会的、宗教的、文化的な混乱の端的な象徴でもある。多民族、多宗教国家インドならではの物語といえよう。主な舞台はボンベイのスラム街、取り壊し目前のアパート。1971年に起きたバングラデシュ独立戦争、および第三次印パ戦争を背景に、しがない銀行員が家族や隣人、職場の同僚、友人たちのかかわるトラブルに巻きこまれ悪戦苦闘。コミカルなドタバタ劇ありエロティックな寸劇あり、はたまた政治的な陰謀あり住民の激しいデモあり。おおむねユーモラスな筆致だが、家族愛や友情をしみじみと謳ったり、当時の政治社会体制を痛烈に批判したり、さまざまな要素が渾然一体となった「とても長い旅」がつづく。反面、盛りだくさん過ぎて物語全体に強烈な推進力が生まれず、細部の丹念な描写が冗長に流れ、また陰謀にサスペンス味が乏しく、暴動が尻すぼみにおわるなど中途半端なエピソードもあるのが難点。が、まとまりがないのは混乱を混乱のままに描いた結果ともいえ、わずか半年あまりのできごとに、近代化と伝統の衝突というインド宿命の現代史が、市民生活における悲喜劇というかたちでみごとに凝縮されている。力作である。