ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Avni Doshi の “Burnt Sugar”(2)

 介護問題が文学の題材として採りあげられるようになったのは、いつごろからだろうか。ぼくがいままで書きためたレビューで「介護」を検索したところ、いちばん古い作品は、Alice Munro の短編集 "Dance of the Happy Shades"(1968 ☆☆☆☆★)所収の 'The Peace of Utrechit' だった。ただし、「長らく母親の介護に当たってきた姉と、母の死後、久しぶりに帰郷した妹が再会する」話なので、記憶は定かではないが、どうやら介護そのものがテーマではないようだ。 

 これとほぼ同時期に刊行されたのが、かの有名な『恍惚の人』(1972)。恥ずかしながら未読だが、わが国では〈介護文学〉の鼻祖と言えるかもしれない。
 検索ワードを「難病」に改めると、Nicholas Sparks の "The Notebook"(1996 ☆☆☆★★)が出てきた。これを読んだのはちょうど20年前のいまごろだが、当時はレビューではなく、一口コメントだけ。「難病を超えた愛の奇跡」としるしている。その後映画化され(2004)、世界的に有名になった認知症の物語である。
 同書がきっかけになったかどうかはわからないが、2000年以降になると、介護問題を扱った作品が数多く現れるようになる。ぼくが読んだなかでは、2002年のブッカー賞最終候補作、Rohinton Mistry の "Family Matters"(☆☆☆★★★)がもっともすぐれている。 

 ご存じ "Still Alice"(2007 ☆☆☆★★)もマイルストーン的な作品だろう。 

 同書のような「愛と感動の物語」は介護文学の定番であり、ぼくの知るかぎり、その先鞭をつけたのが "The Notebook" と言えるかもしれない。この路線をいちおう踏襲しつつ、さらに「奇想天外なドタバタ劇」を盛り込んだところに "Family Matters" の先見性がある。つまり、愛と感動を描くだけでは文学作品としてはもはや陳腐、と Rohinton Mistry は喝破していたのではあるまいか。
 事実、2010年代になると、介護を本格的に扱いながら、さらにほかの問題へと踏み込んだ作品が書かれるようになる。ぼくの目にとまったのは、2016年の国際ダブリン文学賞受賞作、Akhil Sharma の "Family Life"(2014 ☆☆☆★★)と、2018年のブッカー賞最終候補作、Daisy Johnson の "Everything Under"(☆☆☆★★★)である。 

 後者の冒頭は「認知症の母親と同居する娘の話」。おなじような設定ながら、今回読んだ Avni Doshi の "Burnt Sugar" のほうが介護問題そのものには、より忠実な作品と言える。「いかに生きるべきか」「どう接するべきか」という厄介な問題に迫っているからだ。 

 そこでポイントになるのが「認知症の基礎知識」。ネタは割れないが、本書のタイトルは言い得て妙である。綺麗ごとだけに終始せぬところに、愛と感動の物語を超えた深みがある、とだけ言っておこう。

(下は、この記事を書きながら聴いていたCD) 

ベートーヴェン:月光

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