ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Adam Johnson の “Fortune Smiles”(2)

 数日前、David Constantine の "Tea at the Midland and Other Stories"(2012)を読んでいたら、今年のブッカー賞最終候補作、Maaza Mengiste の "The Shadow King"(2019)がやっと届いた。さっそく乗り換えようと思ったが、"Tea at the Midland ... " がなかなかよく(いまのところ☆☆☆☆)、切りのいいところまで読みつづけた。2013年のフランク・オコナー国際短編賞受賞作である。2005年から2015年までもうけられていた同賞の受賞作11冊のうち、われらが Haruki Murakami の "Blind Willow, Sleeping Woman"(2006)を除くと、ぼくは Constantine のものだけ読みのこしていた。
 ほんとうはその話をしたいのだが乞うご期待。きょうはまず、"The Shadow King" についてちょっとふれておこう。ぼくはいままで知らなかったが、第二次大戦の前哨戦のひとつとして(?)、1935年にイタリア軍エチオピア帝国に侵攻、第二次エチオピア戦争が勃発した。本書は当時の状況を描いたものだが、むろん明らかにフィクションくさい話も織りまぜられている。
 なかでも、タイトルにからむ史実がほんとうにあったのかどうか。重要な点なのでネタを割りたくないのだけど、仕方ない、書いておこう。Shadow King とは、エチオピア版「影武者」のことである。
 最初は文芸エンタメ路線の傾向もあり、☆☆☆★★くらいだったが、だんだん快調になり、とりわけ影武者の話が出てくるあたり(p.232)から、★をひとつ追加しようと思いはじめた。正義の二面性や人間の二重性がはっきり描かれるようになったからだ。ある人物がこう述べている。.... every visible body is surrounded by light and shade. We move through this world always pulled between the two.(p.287)この問題がどう深化するかで評価も決まるような気がする。
 閑話休題。表題作に戻ろう。雑感でふれなかった第5話 "Dark Meadow" は、あまりピンと来なかった。幼児ポルノとコンピュータ・セキュリティを扱ったものだが、おなじハイテクでも、介護問題と組みあわせた第1話 "Nirvana" のほうがよかった。
 そういえば、前回〈介護文学〉にかんする記事をアップしたところ、Rebecca Brown の "Excerpts from a Family Medical Dictionary"(2001)にとても感動した、と友人から教えてもらった。Rebecca Brown の作品は大昔、"The Gifts of the Body"(1994)しか読んだことがなく、レビューも書きのこしていない。検索すると、彼女は最近どうやら作家活動を休止しているようだ。
 ふたたび "Fortune Smiles" に戻って、最終話は同名タイトル。「ソウルに住む脱北者が自由を享受する一方、北への郷愁にかられ、南の若者の軟弱ぶりを慨嘆」する話だが、ぼくはソルジェニーツィンのことを思い出した。旧ソ連から国外追放されたあと、西側世界における〈自由の腐敗〉を目のあたりにして愕然とした、という有名な一件である。
 全体主義自由主義か、と選択を迫られると、答えはひとつに決まっているように思われがちだが、じつはそうでもない。自由には悪への自由もふくまれるからだ。これについて最終話は、そういえばそんな問題もあったな、と思わせる程度。そのあたりがぼくには歯がゆかった。
 ということで、本書は「第4話『ジョージ・オーウェルはわたしの友人だった』が抜群にいい」。旧東ドイツ国家保安省シュタージの刑務所で、「拷問や虐待は実際に行われたのか。どちらの主張も正しく思える」とレビューに書いたが、これは多分にぼくの知識不足による感想だろう。真偽のほどは歴史的にはもう決着済みかもしれない。
 その問題よりぼくが強い関心をもったのは、「なかった」と主張する元刑務所長にたいする元服役囚のツアーガイドの反応である。"Please," I announce. "There was no such thing. There were rules to be followed. A guard would have been written up for such an infraction." / Berta ignores me, answering only the student.(pp.190 - 191)この「学生」は、シュタージ博物館の見学ツアーに参加したひとりだ。
 ここで注目すべきは、問題の真偽はさておき、ある人間が自分の主張を展開するとき、異なる立場からの反論はまったく無視し、自分に賛成してくれそうな相手にのみ訴えかける姿勢である。うん? この論調、どこかの国のマスコミそっくりじゃないか。そう気づいたとたん、ぼくは元刑務所長のほうを信じたくなった。
 いかん、話が止まらなくなりそうだ。中途半端だけど、おしまい。

(下は、この記事を書きながら聴いていたCD) 

Complete Piano Sonatas / Diabelli Variations

Complete Piano Sonatas / Diabelli Variations

  • アーティスト:Beethoven, L.V.
  • 発売日: 2011/06/14
  • メディア: CD