ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Herman Diaz の “Trust”(1)

 のどの痛みがだいぶ和らいできた。おかげで読書のペースも上がり、きのう、今年のピューリツァー賞受賞作、Herman Diaz(1973 - )の "Trust"(2022)をやっと読了。
 Diaz は "In the Distance"(2017)でデビュー(未読)。それが2018年のピューリツァー賞最終候補作だったので、第二作の本書でみごと雪辱を果たしたことになる。なお、これは昨年のブッカー賞一次候補作でもあった。さっそくレビューを書いておこう。

Trust (Pulitzer Prize Winner) (English Edition)

[☆☆☆★] 信頼と信用というふたつのトラストをモチーフにした四部構成で、白眉は第三部。ここは抜群におもしろい。1920年代のニューヨーク。貧しいイタリア系移民の娘だったイーダが金融王ベヴェルの秘書となり、彼の自伝を代筆。すこぶる単純な主筋だが、じつは一種のメタフィクションであり、かつ物語性にも富んでいる。まず第一部はベヴェル一家の内幕を暴露した小説篇で、これに反論を試みたのが第二部のベヴェル自叙伝。その作者がじつはイーダだったとわかるのが第三部なのだ。こうした超絶技巧に加え、ここではさらに叙述形式も複雑で、イーダの秘書時代の回想と、後年作家となった彼女の手記が同時進行。秘書の座を射止めるまでの悪戦苦闘ぶりをはじめ、アナーキストの父親や、詮索好きなボーイフレンドとの信頼関係に緊張が走る一瞬など、おおいに読ませる。ただ、本書全体のヒロインはベヴェルの妻ミルドレッド。その日記が紹介される第四部ともども、彼女はいったいどんな人生を送ったのか、というのが根底に流れる主旋律である。ゆえにこちらもイーダ同様、いや一段と魅力的な存在たるべきなのだが、せいぜい薄倖の令夫人どまり。夫婦間の信頼と、金融業界における信用というふたつのトラストを描いた第一・二部が、上述のとおり、第三部のイントロ的な役割しか果たしていないからだ。ミルドレッドの日記は第三部にふくめ、あくまでイーダの目でトラストの諸相を描いたほうが収まりがよかったのではないか。