ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Brian Moore の "The Doctor's Wife"

 天候不順と過労のせいか風邪をひいてしまい、今読んでいる本があまり進まないので昔のレビュー。

The Doctor's Wife (Paladin Books)

The Doctor's Wife (Paladin Books)

[☆☆☆★] 76年度ブッカー賞の候補作。面白いことは無類に面白いのだが、受賞を逃した理由も分からなくはない。主人公はアイルランドの医師の妻。結婚生活に不協和音を覚えていた矢先、夫と一緒に南仏で夏の休暇を過ごすはずだったが、夫は急用で来られなくなる。そこへ、パリで知り合った若い男が追いかけてきて…そう、これはハーレクイン・ロマンスも顔負けのメロドラマなのだ。余りにステレオタイプの設定なので高踏派の読者なら顔をしかめるところだが、こんな話は一度読み出したらやめられなくなる。で、途中から評者は、二人の恋がいかに破綻するかという点に興味をもった。プロローグでも明示されているとおり、この種の物語がハッピー・エンディングになるはずはないからだ。夏の日の恋が終わりを告げる後半については、これまた非常に面白い。が、しかし…とだけ言っておこう。ともあれ、アマゾンで検索する限り、本書はまだ翻訳が出ていないようだが、出版当時、日本では話題にならなかったのだろうか。英語は二級から準一級といった程度で、どんどん読み進めることと思う。

 …ブライアン・ムーアは邦訳が何冊かある作家だが、今検索した限り現役版は少なく、本書も翻訳は出ていないようだ。上に書いたとおり、途中までは「ハーレクイン・ロマンスも顔負けのメロドラマ」だし、突然宗教的な話になる結末もそれまでのロマンスと少々かみ合わない。それゆえ、文学「高踏派」の象徴のようなブッカー賞では分が悪かったものと思われるが、ぼくはかなり面白く読めた。
 終幕だけ「高踏派」という場合、開き直って「文芸エンタメ系」に徹すればもっと面白かったのに、と思うことが多いが、本書は結末を無視しても充分面白い。最後が不完全燃焼なのは、ひねりすぎ、というより唐突すぎるからで、その点を除けば、日本ではあまり知られていない作家の埋もれた佳作と言ってよい。これからもこんな作品に出会いたいものだ。