ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

James Salter の "Light Years"

 旧作発掘第二弾。James Salter の "Light Years" (75) を読んでみたが、またもや空振りに終わってしまった。

Light Years (Vintage International)

Light Years (Vintage International)

[☆☆★★★] 主な舞台は20世紀なかばのニューヨーク郊外。成功を夢見るしがない建築家と、そんな夫に不満をいだく美人妻が主人公で、建築家は秘書と関係があり、妻も夫の友人と関係するというダブル不倫。いかにも安手のメロドラマらしい設定だが、どうして描写は散文詩的で、浮気相手との逢瀬のあと、二人がかわす会話に緊張感があって面白い。一見平和で幸福な家庭にひそむ亀裂がやがて拡大して二人は離婚。当然、その前後に子供も巻きこんだ葛藤があり、それぞれの悲哀と苦悩が感覚的な文体で綴られる…と、そこまではいいのだが、冒頭から期待したほど物語が発展しないのが致命的。たしかに離婚後も新しい男や女に出会ったりするのだが、どれも現実によくある話で意外性がない。ただ、人生の秋を迎えたときの悲しみなど、心情表現には特筆すべきものがあり、断片的に連続する情景を鑑賞したい小説である。これほど短いセンテンスを連ねる作家は初めてで、英語は読みやすい。

 …とにかく、途中からページが進まなかった。上記のとおり、設定はメロドラマなのに描写は詩的という趣向が最初は面白かったが、お殿様そればっかりというやつで、中盤に至るも話に起伏がない。いや、あることはあるのだが、すべて想定内。これが現代の作家なら恥も外聞もなく、ど派手な嘘八百の物語を仕立てあげていることだろう。
 その点、ジェームズ・ソールターはマイナー・ポエットのような作家で、丹念に心象風景を描いていく。大いに好感が持てると言いたいところだが、これほど凡庸な筋立てだと、「断片的に連続する情景を鑑賞」するのも骨が折れる。ストーリー性もやはり小説の重要な要素なのだと改めて痛感してしまった。(今週は、5月17日の日記で採りあげた Jenna Blum の "Those Who Save Us" がほぼ1ヵ月ぶりにニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー・リストに復帰。思えばあれなど、最近読んだ本の中ではストーリー性抜群だったような気がする。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080517
 これをぼちぼち読んでいるあいだ、なぜか久しぶりにベートーヴェンのピアノ・ソナタばかり聴いていたのだが、本の中身を忘れてしばし耳を傾けることが多かった。ヴェデルニコフの弾いた『ハンマークラヴィーア』も初めて聴き、思わず落涙しそうになるほど感動した。精密な心象風景と凄絶なドラマの合体。とりわけ後期のピアノ・ソナタほど、そんな作品と言えるかもしれない。