ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Marianne Wiggins の "The Shadow Catcher"

 Marianne Wiggins の "The Shadow Catcher" を読了。なかなかの力作だが、今年の全米書評家協会賞(全米批評家協会賞)を逃した理由も何となく分かった。

The Shadow Catcher: A Novel

The Shadow Catcher: A Novel

[☆☆☆★★] 男はなぜ家族を捨てて旅立ったのか。そこにはどんな理想の追求があったのか。要はそんな物語だ。焦点は一応、20世紀前半にアメリカ・インディアンの写真を数多く撮影した実在の人物にあり、その姿が妻の側から描かれる。二人の出会いと結婚、そして夫の長い不在。男の人生というより女の半生の記だ。この歴史小説と、ノンフィクション風の現代小説が交錯する。ロス近郊に住む作者が上記の写真家の伝記小説を書きあげ、それに目をつけた映画プロデューサーと面談。一方、ラスベガスの病院から連絡があり、30年以上も前に死んだはずの作者の父親がなぜか入院、意識不明の重体だという。狐につままれた思いで駆けつけると…。分量は現代編のほうが圧倒的に多く、ベガスへ向かう車中、大平原で思いを馳せる西部伝説など、歴史編だけなら単調になっていたかもしれない物語に、時間的にも空間的にも大きなふくらみを与えている。作者の「父親」の謎が明かされると同時に、写真家が家族を捨てた理由も判明するという構成は、定石ながら見事。英語は洗練された知的な文体である。

 …歴史編のほうは、時間の流れに沿ったごく普通の物語だ。女が男と出会って恋に落ちるくだりなど、よくある話ながら面白い。が、何しろ男は家を飛び出したまま長いあいだ帰ってこないので、周囲の人間との絡みが少なく話が進まない。壮大な嘘八百の物語を仕立てあげることも可能だったはずだが、男の不在の理由が示されるのは終幕に入ってから。テーマの整合性はあるものの、魅力的な展開に欠ける結果ともなっている。
 その弱点を補っているのが現代編で、こちらは冒頭の空を飛ぶ夢に始まり、ロス周辺の地層の話や、上に紹介した大平原での空漠たる思いなど、さまざまな角度からこのノンフィクション風フィクションを盛りあげている。作者が「父親」の謎を解明する過程で、「男はなぜ家族を捨てて旅立ったのか。そこにはどんな理想の追求があったのか」というテーマが浮かびあがる展開も実によろしい。
 が、残念ながら、その問いかけに対する最終的な答えは示されない。孤独に死んだ人間の心境が残された家族に分かるわけはないので、謎が謎のまま終わるのは当然かもしれないが、もう少し踏みこんで「理想の追求」を書いてもよかったのではないか。
 以上、この "The Shadow Catcher" は、全米書評家協会賞だけでなく、ピューリッツァー賞まで受賞した Junot Diaz の "The Brief Wondrous Life of Oscar Wao" とは正反対のような小説である。ディアズのほうは、恋とセックス、暴力を題材に「壮大な嘘八百の物語を仕立てあげ」ているが、ウィギンズは誠実に魂の物語を書こうとしている。その努力は大いに認めるのだが、いさかか誠実すぎてハッタリがない。テーマとしてはディアズよりずっと深い作品なのに、突っこみが足りない。それゆえ賞レースで割を食ってしまったものと思われる。最終候補作になった時から山勘で期待していただけに残念だ。