ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

全米批評家協会賞発表 (2011 National Book Critics Circle Award for Fiction)

 ニューヨーク時間で8日夜、今年の全米批評家協会賞が発表され(対象は去年の作品)、小説部門では Edith Pearlman の短編集 "Binocular Vision" が栄冠に輝いた。ぼく自身は Jeffrey Eugenides の "The Marriage Plot" が大本命だと思っていたので意外な結果だったが、"Binocular Vision" がすぐれた作品であることには何の異存もない。以下、去年書いたレビューを再録しておこう。なお、来月には "The Marriage Plot" の廉価版が出るようなので、そちらのレビューも参考までに。

Binocular Vision: New & Selected Stories

Binocular Vision: New & Selected Stories

[☆☆☆☆] オー・ヘンリー賞受賞作もふくむ選りすぐりの旧作21編と、13の新作をあわせた珠玉の短編集。とくに凝った文体ではなく、ユダヤ系の老若男女の日常生活を中心に、ドラマティックな展開もなく淡々とストーリーが進む。いや、小説的事実が積み重なっていくだけで、ストーリーとさえ言えないかもしれない。ときおり、さりげなく喜怒哀楽が示されるものの、彼ら彼女たちが感情をあらわにすることはめったにない。が、そこに何かしら深い思いが流れていることだけは伝わってくる。やがて迎える幕切れの一節、一行、ひとこと。それまで潜行していた感情が水面に浮かんできて、波紋が一気に広がる。意外な事実が暴露されることもある。一方、感情がかいま見えるだけのことも。この最後の瞬間にすべてが集約されている。出会いと別れ、愛と悲しみ、生と死。まさに人生が凝縮された一瞬である。たまたま10年おきに再会した男と女がかわす視線のなんと雄弁なことか。これは、そういう「閃光の人生」をみごとに捉えながら、技巧を技巧と感じさせないすぐれた短編集である。英語は語彙的にややむずかしく、また抑制された感情を汲みとる意味でも精読を要求される。
The Marriage Plot

The Marriage Plot

[☆☆☆☆★] 作中人物の言葉をもじって言えば、「現代において結婚は小説の題材たりうるのか」。本書は、この問いにたいするみごとな答えである。と同時に、結婚が主要なテーマのひとつだった19世紀英文学の本歌取りでもあり、伝統的な小説作法を踏襲しながら現代文学の成果も盛りこみ、さまざまな現代の事象や風俗で味つけすることによって、結婚という古典的なテーマを鮮やかによみがえらせている。つまりこれは、古典と現代の融合という文学的な野心に満ちた作品なのである。主な舞台は80年代のアメリカ東部。名門ブラウン大学で英文学を専攻する女子学生が卒業式を迎えた日から物語は始まる。彼女に2人の男子学生がからむ三角関係と、その結婚をめぐる騒動。要するにそれだけの話なのに、これが無類におもしろい。文学や記号論、宗教、生物学など専門的な分野への脱線は知的昂奮をかきたて、3人と親や姉、友人たちとのふれあいはコミカルで笑いを誘い、心理を緻密に掘り下げたかと思うと、アクションはテンポよく活写。緩急自在の文体がすばらしい。どの細部も饒舌にして愉快な仕上がりで、その積み重ねがやがて主筋を盛り上げるという古典小説の伝統が息づく一方、同じエピソードを複数の人物の視点によって再構成しながら少しずつ物語を展開させるという現代文学の技法も功を奏している。主人公の文学研究が実際の小説として応用され、彼女と相手の男の人生が小説化されたもの、という点では現実と虚構の混淆さえ認められる。こうした華麗な文体と巧妙な技術が凡庸なテーマを支える本書は、まさに「小さな説」という小説の典型例である。英語は語彙・構文ともに現代の作品としてはかなりむずかしい部類に入ると思う。