全米書評家協会賞(全米批評家協会賞)の候補作、Junot Diaz の "The Brief Wondrous Life of Oscar Wao" は、"Time" や "Publishers Weekly" などでも年間優秀作品に選ばれている。
[☆☆☆☆] 失恋つづきのドン・ファンを主人公に、恋とセックスが織りなすファミリー・サーガ。けっこう楽しめる。ニュージャージーに住むドミニカ系移民のSFオタク青年オスカーは超肥満体ゆえに女にふられっぱなし、万年童貞かと諦めかけていたところへ年上の売春婦に出会い…と主筋をひろっても深みのある小説ではない。が、その軽さは気にならない。オスカーだけでなく姉や母、祖父と中心人物が交代し、半世紀以上にもわたる一家の波瀾万丈の歴史絵巻へと発展。そのなかにドン・ファンの冒険も組みこまれている。孤児だった母が巨乳娘へと成長して暗黒街の大物と関係したり、祖父が自慢の娘を独裁者の毒牙から守ろうとしたりといった各エピソードが面白く、饒舌で力づよい文体と相まって快調に進む。なんどか凄惨な暴行シーンがあるわりに重い気分にならないのは文章の迫力に加え、恋一筋に生きた青年オスカーの「すばらしい人生」がやはり救いになっているからだろう。 …一昨年のブッカー賞候補作でもあった Hisham Matar の "In the Country of Men" を除けば、07年度の全米書評家協会賞の候補作を読むのはこれが初めてだ。二作の中ではこちらのほうが完成度が高くて有力だと思うが、最近の受賞作と較べると分が悪い。他の候補作に期待したほうがいいかもしれない。
"In the Country of Men" については1月18日の日記で述べたとおり。本書は先週読んだ Dinaw Mengestu の "The Beautiful Things That Heaven Bears" と同じくアメリカの移民小説で、既に映画化も決まっているように、こちらのほうが大河ドラマ的だ。超肥満青年がなりふりかまわず女性にアタックするユーモラスな場面が早くも目にうかぶ。この「失恋ドン・ファン物語」をファミリー・サーガの中に映像としてどう取りこむかが監督の腕の見せどころだろう。
小説の構成はオーソドックスだ。姉の元恋人が執筆したものという体裁ながら、実質的には中心人物ごとに視点を変え、それぞれの人物が体験した恋、セックス、暴力にまつわる話が劇的に展開される。圧巻は終幕における青年の「恋の暴走」だが、母親が巨乳を武器にギャングとわたりあう中盤の物語も読みごたえがある。いずれにしろ、痴情のもつれが描かれているものの緻密な心理小説ではなく、むしろアクション小説的でからっとしているのはラテン系ならではの特徴かもしれない。
というわけで、なかなか優れた作品ではあるのだが、全米書評家協会賞といえば最近、"The Inheritance of Loss" や "Gilead" のように人間の内面を深く掘り下げた作品が受賞している。その点、「恋、セックス、暴力」を題材とする本書はいささか見劣りがする。「恋の暴走」に胸を打たれるかというと大いに疑問で、『ドン・キホーテ』とまでは言わないけれど、題材の現実的な平面をもう一つ飛び越えてほしかった。
残る候補作のうち、Vikram Chandra の "Sacred Games" はペイパーバック版が出ているものの、なにしろ九百頁を超える大作で戦意喪失。本命視されているジョイス・キャロル・オーツは、未読の旧作が多すぎて食指が動かない。ここはひとつ、何度も言うように山勘で Marianne Wiggins の "The Shadow Catcher" に期待しつつ、3月6日の発表を待つことにしよう。