Aravind Adiga の "The White Tiger" を読了。ご存じ今年のブッカー賞受賞作だが、たしかに面白いことは面白いけれど、はて、この程度で受賞かと、いささか拍子抜けしてしまった。(後記:その後、本書は2021年、ラミン・バーラーニ監督により映画化されました。邦題は『ザ・ホワイトタイガー』。Netflix で鑑賞できるようです)
[☆☆☆★★★] インドの実業家バルラムが中国の温家宝首相に起業の秘訣を紹介するという書簡体小説。大半は、貧しい家に生まれ育ったバルラムが起業家として成功する前、資産家の息子の運転手兼召使いとして働いていたころの回想で占められる。その回想から浮かびあがるのは、民主主義や近代化とは名ばかりで、いまなおカースト制が絶対的な効力を持つインド社会の実態である。富豪と貧民、主人と召使いに二分され、貧民は、召使いは、けっして成り上がることができない。こうした大前提のもと、母親の死にはじまり、貧しい家の浮沈がかかった結婚話、召使い同士の反目、首都ニューデリーの裏面などを通じてインド最下層の生活が活写され、一方、社会主義者と地主たち、資産家と政治家や警察との馴れあいなど、支配階級の腐敗がリアルに描かれる。そしてなにより、バルラムが運転手として富裕層に接することで感じた願望、羨望、欲望の数々。ひとひとつのエピソードはかなり面白い。絶対に成り上がれぬはずなのに千載一遇の機会が到来、一気にサスペンスが高まり、クライム・ストーリーとしても読ませる。これが不可能を可能にした物語ということは、現実にはカースト制の打破は不可能というメッセージにもなるが、そうした深刻なテーマはさておき、各エピソードを楽しむのが本書のいちばんいい読みかたかもしれない。…今年のブッカー賞に関連した作品を読むのは、Steve Toltz の "A Fraction of the Whole" に続いて2作目。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080918/p1 Toltz のほうが圧倒的なパワーのある作品だが、あまりに刺激が強すぎて(?)ぼくは途中で飽きてしまったので、小粒ながらまとまりのいい本書のほうに軍配を挙げたい。が、断然優れているというわけではなく、最近のインド系作家の作品で言えば、Kiran Desai の "The Inheritance of Loss" や Indra Sinha の "Animal's People" のほうがずっとよかった。