ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rohinton Mistry の “A Fine Balance”(1)

 きのう、1996年のブッカー賞最終候補作、Rohinton Mistry の "A Fine Balance"(1996)をやっと読了。先週、愛媛の田舎に帰省する前から読みはじめたが、その後何かと慌ただしく、ずいぶん手間取ってしまった。はて、どんなレビューになりますやら。
 追記:本書は1995年のギラー賞、1996年のロサンゼルス・タイムズ紙文学賞の受賞作でした。

[☆☆☆☆] 禍福はあざなえる縄のごとし。この単純明快なテーマから、かくも壮大にして緻密、重厚にして軽妙な大長編を仕立て上げるとは、まさしく呆れるばかりの力業だが、これには本書の舞台インドの歴史と文化も多分にかかわっている。強固なカースト制度ヒンドゥー教徒イスラム教徒の激しい対立、そして1970年代なかば、インデラ・ガンディー政権時代に発令された非常事態宣言。こうした伝統的、宗教的、政治的な背景のもと、貧困や弾圧をはじめ、さまざまな混乱と矛盾に満ちた不条理な状況に生きながら、人びとは終始、禍と福のあいだを大きくゆれ動いている。その変化に耐え、希望と絶望の「微妙なバランス」を保つ。それが人生の秘訣なのだ、というメッセージを読みとることもできよう。しかし教訓めいたエピソードはいっさいない。愛と打算の渦まく家族小説、友情と性的妄想に満ちた青春小説、抱腹絶倒もののドタバタ喜劇、残酷な悲劇、心温まる人情劇、痛快なアクション、風刺のきいた社会批評など、もろもろの要素がたえず変動しながら渾然一体となっている。その綿密な描写と劇的な展開たるや、まさに一大絵巻。メニューが豊富でボリュームたっぷりのインド料理にいささか胃がもたれるほどだが、このシェフの特技には、心の清濁をバランスよく盛りつけるという、バルザック流の人間観察もあることを忘れてはなるまい。