今週は疲れがひどく、バスの終点で運転手に声をかけられて目を覚ますこと2回。昨日も家に帰ってから本当は "Unaccustomed Earth" の続きを読みたかったのだが、あまりに眠くて早々に就寝。短編集ならいつでもまた読めると思い、一昨日から気になっていたピューリッツァー賞の新受賞作 "Olive Kitteridge" に急遽、取りかかった。
ところが、しばらくして気づいたのだが、これは今のところ、長編というより短編集みたいな作品である。そうと知っていたら、ジュンパ・ラヒリをそのまま読み続けたのに…。
しかしながら、これはこれで優れた作品だと思う。Elizabeth Strout といえば、処女作の "Abide with Me" も心にしみる佳編ではあったものの、「抑制が効きすぎて説明不足だったり、逆に色々なエピソードを盛りこみすぎたりしている点が気にな」り、全体の出来は今ひとつだった。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20090205 それに較べると、この "Olive Kitteridge" は小説としての技巧がずっと洗練されている。エリザベス・ストラウトはずいぶんうまくなったなあ、というのが第一印象だ。
第1章というか1編目は、長年薬剤師で今は仕事を辞めている男が20年前に雇った若い女のことを思い出す話。男の妻が Olive Kitteridge で、彼女は学校の教師、毒舌家で気性が激しいが、店員の女のほうは地味でおとなしい…という設定から、ある展開が予想されるが、読んでいるうちにそんな予想はどうでもよくなる。現在と過去の事件が切れ目なく入り混じり、場面転換は巧妙。ちょっとした言葉や行動の裏に読みとれる男の凝縮されたストイックな感情が胸を打つ。いわば水面下の不倫話だが、まるで海の底のように深い思いが流れている。これは女から届いたバースデイカードの言葉にも、妻の最後のセリフにも当てはまる。
2編目にもやはり、凝縮された深い感情が詰まっている。Olive は最初の話では脇役だったが、ここではますます脇役。主人公は彼女の教え子の男で、男がある決意を心に秘め、10年ぶりに生まれ故郷の町を訪れる。やはり過去と現在が交錯し、切りつめた会話や抑制された回想が続くうちに、人物関係や男の決意が明らかになる。最後の心の叫びが感動的。1つ目もそうだったが、ときどき挿入される海の風景描写が美しい。
3編目でやっと舞台が明示される。アメリカ東部、メイン州の海に面した小さな町だ。主人公は、バー&グリルで夜にピアノを弾く中年女。Kitteridge 夫妻は店の客で、端役に過ぎない。ここでも現在と過去が交錯するなか、女が長年つきあっている男や元恋人、母親の話などが浮かびあがる。上の2編ほどの出来ではないが、心のひだを細かく織りなしていくような筆致が印象的だ。