ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Harding の "Tinkers"(1)

 またまた予定より大幅に遅れてしまったが、昨年の米アマゾン年間最優秀作品のひとつ、Paul Harding の "Tinkers" をやっと読みおえた。いつものように、今までの雑感をレビューにまとめておこう。(後日、本書は今年のピューリツァー賞を受賞しました)

Tinkers

Tinkers

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[☆☆☆★★★] ひとは自分の死を現実のものとして認識したとき、なにを思うのか。そのことについてしみじみと考えさせられる佳篇である。ニューイングランドの小さな町。元時計職人の老人ジョージ・クロスビーが死の床につき、意識と無意識のあいだをさまよっている。と同時に七十年前、森のなかでいろいろな商売をしていたジョージの父ハワードも登場。ハワードはてんかん持ちで、やはり早晩死ぬ運命にあるが、そのハワードの回想にはさらに、心の病に冒されたジョージの祖父も顔を出す。こうした三代にわたる家族の歴史を背景に、ジョージとハワードが時を隔てて同時に死を迎えようとする。時計の複雑な構造や、森の風景、四季の移ろいなどの描写は精緻をきわめ、死期を悟った人間ならではのディテール感覚が息づいている。その細部からしだいに浮かびあがってくるのは、肉親への愛と肉親をうしなう悲しみだ。死を自覚した息子が在りし日の父を思い、父の人生と自分の人生を重ねあわせる。その父もまた、自分の死を意識することでさらに自分の父と一体化。そんな愛と死と喪失が深い哀感とともに胸に迫ってきて、たまらなく切ない。