ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Faulkner の “The Reivers”(1)

 William Faulkner の最後の長編 "The Reivers"(1962)を読了。Faulkner は本書の刊行後に他界したが、翌1963年、本書で "A Fable"(1954 ☆☆☆★★★)以来二度目のピューリツァー賞受賞。1969年には、"The Reivers" はスティーヴ・マックィーン主演で映画化されている。邦題は『華麗なる終末』。さっそくレビューを書いておこう。(過去記事「なにから読むか、フォークナー」に転載しました)。 

[☆☆☆★★★] 一連のヨクナパトーファ・サーガの掉尾を飾る本書は、フォークナー版『無垢と経験の歌』。通過儀礼テーマの青春小説の秀作である。20世紀初頭、南部の町ジェファーソンに住む11才の少年ルーシャスが祖父の自動車を盗んで冒険の旅に出かける、という物語は単純明快で、それをほぼ半世紀後に回想するルーシャスの語り口もごくふつう。〈意識の流れ〉をはじめ、フォークナー独特の超絶技巧を凝らした複雑な叙述スタイルは影をひそめ、おなじみのテーマがストレートに伝わってきてわかりやすい。ルーシャスのほか、旅仲間である祖父の家の使用人と下働きの黒人少年がメンフィスで転がりこんだ先は娼館で、ルーシャスは娼婦に恋をしたり、メンフィス郊外の町で競馬のレースに出場したりと、わずか四日間のコミカルな珍道中で予想外の経験を何度もしいられ、いやおうなく無垢の時代に別れを告げる。なにより彼は「ウソをつき、ごまかし、人をだます」ことで、自分の「穢れ」をつよく意識する。大人になることとは、悪を知ること、罪の意識をもつこと、という永遠の真理が端的にしめされた瞬間である。その穢れを死ぬまで忘れないのが紳士である、という祖父の言葉に胸を打たれる。まるで年老いたフォークナーが、少年時代の自分に言い聞かせているようだ。悪を知る心は善なるものだが、知ることで心の悪が消えさるわけではない。フォークナーは死の直前まで、善と悪の二元論に立脚していたのである。