ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Gerbrand Bakker の “The Twin”

 3日前、出張先で読みおえた本書のレビューを遅まきながら書いておこう。今年の国際IMPACダブリン文学賞受賞作で、初出は2006年、作者はオランダの作家である。

The Twin

The Twin

[☆☆☆★★] 大事件は起こらなくても、主人公の心情と心象風景だけで小説が書けるという見本のような作品。オランダの小さな村の農場で、初老の男が死の床にある父親を一人で介護している。母親はとうに他界。双子の弟がいたが、若いころに事故死。男は頑固で横暴な父親のもと、好きでもない農業を手伝ってきた。そんな話が秋から冬にかけた物寂しい風景の中、少しずつ静かに綴られていく。静寂、孤独、寂寥、諦念の世界だ。そこへ突然、弟と結婚するはずだった女から連絡があり、引きこもりの息子を農場で雇うことになる。思いはまず、幼いころから一心同体のようだった双子の弟に向けられ、青春のほろ苦い一瞬、深い心の傷がよみがえる。ついで、黙々と過ごしてきた挫折の人生。だが、奇妙な共同生活を始めた女の息子もまた、自己喪失の世界に沈んでいる。そんな二人の出会いから生まれるものは…。これは行間を楽しむ小説である。深い余韻の中に、心の絆を失った悲しみと、それを知る喜びがしみじみとこめられている。男の心情を汲みとるうちに、読者も自分の肉親や友人とのふれあいに思いを馳せ、わが人生は何だったのかとふりかえることだろう。原語との比較はできないが、とても読みやすい英訳だと思う。