ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Juan Gabriel Vásquez の “The Sound of Things Falling”(1)

 もう一回だけ Seabastian Barry の "Days without End" を取り上げようと思っていたが延期。意外に早く、Juan Gabriel Vásquez の "The Sound of Things Falling"(2011) を読みおえてしまった。そのレビューから先に書いておこう。2013年の国際IMPACダブリン文学賞受賞作で、スペイン語からの英訳版である。

[☆☆☆★★★] ひととの出会いは幸せなできごとであり、また不幸な事件ともなる。本書の舞台は、いまなお治安がわるいとされる南米コロンビア。首都ボゴタで大学教授のアントニオが知りあった男リカルドは、謎めいた過去の持ち主だった。教授は興味をおぼえるがリカルドは突然射殺され、アントニオ自身も重傷を負う。やがて事件の真相を解明しようとする彼の人生は激変。恐ろしい運命に巻きこまれ、と同時に、麻薬の密輸と暴力に彩られたコロンビアの暗黒の歴史が次第に浮かびあがる。調査の過程で深まる謎。リカルドとその家族の過去をさかのぼり、そこからまた時代を下るなかで起きた事件に渦まく不安と緊張。じつに巧みな構成と展開である。そして1996年、コロンビアで実際に起きた航空機墜落事故。その前後の迫力は凄絶のきわみとしかいいようがない。そこへ流れてくる、愛する家族との別れを余儀なくされたときの悲痛な叫び。本書には結局、幸福な人間はひとりも登場しない。まったく救いのない世界である。彼の国の闇は、さほどに深いものなのか。それとも、ひとはみな、出会いという恐るべき運命に翻弄される不幸な存在なのだろうか。