ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Beryl Bainbridge の “Every Man for Himself” (1)

 1996年のブッカー賞最終候補作、Beryl Bainbridge の "Every Man for Himself" を読みおえた。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。

[☆☆☆★] タイタニック号の遭難物語。とくれば映画でおなじみの題材で、途中はメロドラマ、最後は大スペクタクルと相場が決まっている。この定型を、技巧派で知られた故ベインブリッジがどうやぶるか期待したのだが、残念ながら凡作。彼女はやはり、小市民社会で起きる小さな事件を扱うのが得意だったようだ。その特色は途中経過によく示されている。数多くの人物をつぎつぎに登場させ、適度にユーモアをまじえながら人物同士の交流だけで話を進める筆運びはまさに職人芸。船が氷山に衝突後も、それまでのメロドラマなど市井の物語がしばらくつづき、刻々と迫る悲劇とのコントラストが鮮やかな点もみごと。が、なにしろ展開がわかり切っているうえにアクション・シーンが生ぬるく、焦燥感はさほど高まらない。大きな悲劇を描くには、人間もまた偉大でなければならないはずなのに、タイタニック号にふさわしい身の丈の人物はだれもいない。作家が守備範囲をまちがえた作品である。