ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

今年のピューリツァー賞とオレンジ賞最終候補作など

 "Ten Thousand Saints" について少し補足しようと思ったが、父の逝去でしばらく田舎に帰省していたせいか、頭がまだ働かない。そこで今日は、最近発表された文学賞の受賞作や候補作をならべてお茶を濁しておこう。
 まずピューリツァー賞だが、これは帰省中も気になり、ひと足早く家に帰ったかみさんにネットで調べてもらったところ、今年は小説部門で受賞作なしと聞いて驚いた。それから、最終候補作を教えてもらって二度びっくり。"Train Dreams" がアメリカ人好みなのは理解できるが、ぼくは PPrize.com の予想と同じで泡沫候補と思っていた。"Swamplandia!" と "The Pale King" は未読。前者は "Ten Thousand Saints" と同じく、ニューヨーク・タイムズ紙が選んだ去年の最優秀作品でもある。後者は Michiko Kakutani とタイム誌が優秀作品に選んでいたが、ぼくは届いた本を見て、なんとなくむずかしそうだったのでパスしている。それはともかく、どうして "The Tiger's Wife" や "The Marriage Plot" が候補作にさえならなかったのだろう。去年、"A Visit from the Goon Squad" が受賞した件といい、最近のピューリッツァー賞はどうも不可解だ。

Train Dreams

Train Dreams

  • 作者:Johnson, Denis
  • 発売日: 2011/08/30
  • メディア: ハードカバー
[☆☆☆★] 20世紀前半、アイダホ州の田舎。とくれば、おそらくアメリカ人なら反射的に郷愁をかきたてられる、心の原風景のひとつだろう。ここには決闘やキャトル・ドライブこそ見られないものの、いかにも西部、フロンティアらしい土と汗の臭いのする物語が展開している。いや、物語とも言えないかもしれない。早くに妻子を亡くした男が各地で鉄道の工事や木の伐採、馬車による運送など、さまざまな肉体労働に従事する。森の中に建てた小屋で一人暮らし。男は長生きし、生態系の変化や世の中の変遷を実感。フォークロアやほら話のたぐいもあり、思わず笑ってしまったり、ストイックな男の深い悲しみにしんみりしたり。亡き妻の姿や夕日に映える遠い山々など、人生という一睡の夢に出てくる情景の連続を綴ったもので、アメリカ人には切ないほどに懐かしい、今や失われた夢の風景集かもしれない。が、これに心から共感を覚えたとは言えないのは彼我の差ゆえだろうか。英語は語彙的にはややむずかしいが、流れに乗れば読みやすい。
Swamplandia!

Swamplandia!

  • 作者:Russell, Karen
  • 発売日: 2012/03/01
  • メディア: ペーパーバック
The Pale King

The Pale King

 次に、ロサンジェルス・タイムズ紙最優秀長編小説賞。これは不勉強で、知らない作家の知らない作品でした。
Luminarium

Luminarium

  • 作者:Shakar, Alex
  • 発売日: 2012/05/08
  • メディア: ペーパーバック
 それから、ご存じオレンジ賞の最終候補作。ぼくのイチオシは Ann Patchett の "State of Wonder" だ。ほんとにおもしろかった。去年のギラー賞を獲得し、ブッカー賞候補作にも選ばれた Esi Edugyan の "Half Blood Blues" が二番手。Anne Enright は、今回もぼくにはピンとこなかった。あとは未読だが、Cynthia Ozick は "The Shawl" の作者なので注目している。"The Song of Achilles" はかなり前から評判になっていたはずだ。"Painter of Silence" の表紙には惹かれますな。「見てくれ買い」で予約注文しました。
State of Wonder

State of Wonder

  • 作者:Patchett, Ann
  • 発売日: 2012/04/26
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆☆] 呆れるほどうまい小説だ。まず人物の造形がじつにみごと。主人公はアメリカの製薬会社の女性研究員マリーナ。ほかの人物との出会いには常に彼女の人生が凝縮され、その内面描写によってヒロイン像がくっきり浮かびあがると同時に、相手もまた、端役ですら意味のある存在となっている。この人物造形により、後半、アマゾンの奥地における大冒険が絵空事とは思えなくなる。情景描写も的確そのものだ。インディオの手荒い歓迎、叩きつけるようなスコール、アナコンダとの手に汗握る格闘。一方、ユーモアたっぷりの場面もあって心がなごみ、口のきけない少年とのふれあいには胸を打たれる。が、何よりもすばらしいのは、ジャングルという過酷な環境のもと、マリーナと周囲の人物とのあいだに終始一貫、緊張関係が維持されている点である。現地で謎の研究を続ける老いた女性薬学者は、マリーナが産婦人科医を目ざしていたころの指導教授。人生の重荷となった事件がよみがえるも、彼女はインディオの女に分娩させざるをえない。こうした緊張をさらに高めているのが、そもそもマリーナが現地を訪れることになったある使命だが…。心の傷に苦しみながらも使命感に燃えるマリーナの姿はじつに感動的だ。結末はやや出来すぎの感もあるものの、この人物造形、この緊張関係ならば必然的な流れだろう。英語は知的でかつ上品な文体。現代の規範的な名文だと思う。
Half Blood Blues: Shortlisted for the Man Booker Prize 2011

Half Blood Blues: Shortlisted for the Man Booker Prize 2011

  • 作者:Edugyan, Esi
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★] 青春とは激しい嵐に吹かれ、深く傷つく時代。平凡なテーマだが、その嵐にふさわしい人物と舞台の設定によって水準を超えている。第二次大戦前夜のベルリン、そしてドイツ軍による占領直後のパリで、二流のジャズ・ベース奏者が若き天才トランペッターとからみ合う。友情、嫉妬、欲望、挫折。おなじみのブルースが流れるなか、突然、恐怖の事件が何度か起こり、サスペンスが一気に高まる。恋愛沙汰もふくめ、定番の読み物の面白さだが、熱気を帯びたミュージック・シーンの描写は秀逸。かのルイ・アームストロングを脇役としてうまく使っているのも得点材料だ。この波乱に満ちた過去編とくらべ、今や老人の元ベース奏者が昔のバンド仲間と再会する現代編は、やはり緊張が走る場面もあるものの尻すぼみ。荒削りな物語になってしまったのが残念だが、全体として、青春の嵐と心の傷というブルースはよく伝わってくる。黒人が語り手ということで英語はブロークン。口語、俗語とりまぜた力強い骨太の文体だ。
The Forgotten Waltz

The Forgotten Waltz

  • 作者:Enright, Anne
  • 発売日: 2012/03/29
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆] 題材はいわゆるダブル不倫だが不潔感はなく、むしろ、愛の喜びと悲しみ、苦しみを芸術的に表現している点に好感がもてる。べつに目新しい話ではない。ダブリンに住む若い女が、結婚前に見そめた妻子ある男と恋に落ちる。単純明快な展開で、とくに劇的な事件が起こるわけでもない。ただ、文章表現としては見るべきものがある。ウィットに富み、切れ味鋭い、活き活きとした力強い文体で、女の揺れ動く心情が直截に伝わってくる。亡き父親や母親の思い出はリリカルに綴られ、しんみりさせられる。男の娘との微妙なふれあいも手に取るようにわかる。そういう技巧を楽しむ小説であり、それ以上の何ものでもないところが減点材料。英語は平明で読みやすい。
Foreign Bodies

Foreign Bodies

  • 作者:Ozick, Cynthia
  • 発売日: 2012/04/01
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★] ふとした偶然の出来事によって、そしてもちろん大事件によって、それまで曲がりなりにも平静を保っていた心が動揺し、自分の存在の基盤を確認ないし回復、あるいは発見しようと悪戦苦闘する。本書の主人公ビアトリスをはじめ、彼女が出会う人びとはそんな自分探しの旅をしつづけている。もはや目新しいテーマではないが、本書の場合、1950年代初めのパリとニューヨーク、ロスがおもな舞台とあって、各人物の動揺がそのまま当時の混乱した世相を反映している点がまずすばらしい。彼らの苦しみは、もっぱら親子や兄妹、夫婦などの愛憎にまつわるもので、その意味ではメロドラマの域を出ないが、それぞれの性格や心理・状況を表現する文章に力があり、これも得点材料。鋭い知性と繊細な感覚に裏づけられた詩的で格調の高い文体で、微妙な心の動きが丹念に綴られていく。そのぶん物語の進行がゆるやかで決して読みやすくはないが、自分探しの旅がエゴイスティックな内面の容赦ない追求へと深化していく過程をじっくり味わいたい。英語も構文・語彙ともに現代の作品としてはむずかしめで精読を要求される。(7月18日)
The Song of Achilles

The Song of Achilles

[☆☆☆★★] ギリシャ神話の英雄アキレウスの生涯を、盟友パトロクロスの立場から描いた歴史小説。全体の流れと個々のエピソードは、神話と『イリアス』にほぼ準じている。アキレウスパトロクロスの同性愛関係説を全面的に採用した結果、神と人の子アキレウスの人間的な側面が強調されているのが原典と大きく異なり、作者のねらいも一つにはその点にあったものと思われる。トロイア戦争が始まるまでの2人の甘美な関係の描写は可もなく不可もなし、といったところ。秀逸なのは、女捕虜ブリセイスの扱いをめぐって両者が対立するくだりで、火花が散るような緊張感に充ち満ちている。ここからパトロクロスの死までは大いに快調で、戦闘シーンもけっこう楽しめる。が、そのあと駆け足で進み、筆づかいも荒く尻すぼみ。『イリアス』余話とも言える内容だが、壮大な叙事詩のことは忘れ、全編を通じてアキレウスを思うパトロクロスの愛情がひしひしと感じられる点を味読するのがいいと思う。難語も散見されるが英語は総じて読みやすい。(6月7日)
Painter of Silence

Painter of Silence

[☆☆☆★] 古き佳き時代、青春、そして戦争の記憶をタペストリーのように綴ったノスタルジックな小説。第二次大戦から10年たったルーマニアの街の病院に聾唖の青年が運びこまれる。息子が戦争から帰ってこない中年の看護婦が同情し、青年と田舎の村で幼なじみだった若い看護婦が戦前の思い出にふける。回想を通じて各人物の心の傷が次第に浮かびあがり、最後は心機一転、再生への希望が示されるという定番の流れだが、題名どおり、聾唖の青年が次々に描きだす室内や建物、自然の風景、人物などの特異な絵と、紙や布で作ったフィギュア人形を通じて、個人および国家の歴史が物語られる点が目新しい。中盤までテンポがゆるやかで冗漫な描写も目だち退屈するが、青年が娘と再会するまでの出来ごとを絵によって懸命に伝えようとするくだりは盛り上がる。視点の分散が物語にふくらみを与えるというより、かえって散漫な構成となっている点が惜しい。英語は標準的で読みやすい。(6月17日)