ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

オレンジ賞発表/“In One Person” 雑感 (2)

 今日は多忙につき簡単に。まず今年のオレンジ賞は Madeline Miller の "The Song of Achilles" に決定した。ぼくは積ん読中だが、かなり前から評判になっていたと記憶する。既読の最終候補作の中でイチオシだった Ann Pachett の "State of Wonder" が選ばれなかったのは残念。

The Song of Achilles

The Song of Achilles

[☆☆☆★★] ギリシャ神話の英雄アキレウスの生涯を、盟友パトロクロスの立場から描いた歴史小説。全体の流れと個々のエピソードは、神話と『イリアス』にほぼ準じている。アキレウスパトロクロスの同性愛関係説を全面的に採用した結果、神と人の子アキレウスの人間的な側面が強調されているのが原典と大きく異なり、作者のねらいも一つにはその点にあったものと思われる。トロイア戦争が始まるまでの2人の甘美な関係の描写は可もなく不可もなし、といったところ。秀逸なのは、女捕虜ブリセイスの扱いをめぐって両者が対立するくだりで、火花が散るような緊張感に充ち満ちている。ここからパトロクロスの死までは大いに快調で、戦闘シーンもけっこう楽しめる。が、そのあと駆け足で進み、筆づかいも荒く尻すぼみ。『イリアス』余話とも言える内容だが、壮大な叙事詩のことは忘れ、全編を通じてアキレウスを思うパトロクロスの愛情がひしひしと感じられる点を味読するのがいいと思う。難語も散見されるが英語は総じて読みやすい。(6月7日)
 次に "In One Person" について。中盤に入って大きな山場があり、俄然おもしろくなった。ドタバタ調のコミカルなエピソードが連続し、前半で隠されていた人物関係が一気に見えてくる。ネタばらしになるといけないが、主人公がバイセクシュアルということでセックスがらみ、なかんずくゲイの話が多い、とだけ言っておこう。
 テーマは前回、アイデンティティの追求かなと思ったが、どうも勘違いだったようだ。テーマと関係がありそうなくだりを説明ぬきに引用しておこう。'I wanted to see Elaine, and hug her and kiss her, but I didn't think that would be our future. I had a summer ahead of me to explore the much-ballyhooed sexual everything with Tom Atkins, but I liked boys and girls; I knew Atkins couldn't provide me with everything. / Was I enough of a romantic to believe Miss Frost knew this about me? Did I believe she was the first person to understand that no one person could ever give me everything?' (p.276)