ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Irene Nemirovsky の “All Our Worldly Goods” (1)

 今日も家に帰る途中、〈スタバ〉に寄って読書。Irene Nemirovsky の "All Our Worldly Goods" を意外に早く読みおえることができた。仏語の原作は作者の死から5年後、1947年に出版され、英訳の本書ハードカバーは2008年刊。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 20世紀初頭から第二次大戦初期にかけてフランスの庶民が生きぬいた日常生活の個人史と、庶民を翻弄する激動の世界史を重ねあわせた大河小説。頑固で横暴な祖父、ヒステリックで見えっぱりの母親、祖父に従順でおとなしい父親、独立心のつよい息子など、登場人物は思いのほか類型的で、その息子が祖父や両親の反対を押し切って婚約を破棄、愛する女性と結婚するといった筋立ても古典的。一見平凡なメロドラマ、ホームドラマに思えるが、読み進むうち、じつはその日常茶飯事がふたつの大戦の渦中にのみこまれた庶民の姿を端的に表わしたもので、混乱と戦争の予兆・勃発という現代史の流れとみごとに呼応していることがわかる。根づよい階級意識や利害感情、いかなる状況でも自分の幸福をまず考え、他人を軽蔑する一方、羨望もおぼえるという度しがたいエゴイズム。作者の冷徹な人間観察は、けっして綺麗ごとではない庶民像と庶民生活の実相を容赦なくあばきだす。そうした人間の暗部を増幅させるのが戦争であり戦争の予感なのだ。しかしここではまた、純粋な愛情や自己犠牲、責任感といった人間の美点もやはり熱っぽく描かれている。さような二面性をもつ人間が生きつづけることへの希望が、ドイツ占領下のフランスで語られたところに本書の重みがある。