ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Michel Houellebecq の “Submission”(2)

 先週7回目のコロナワクチン接種を受けてから絶不調。こんども副反応がひどかった。めずらしく高熱こそ出なかったものの、注射したほうの腕と両手がやけに痛かった。鎮痛剤を服まないと痛みがぶり返し、ほとんどコロナにかかったようなものだった。
 いまも、なんだかかったるい。この記事を書きながら読んでいる Paul Lynch の "Prophet Song"(2023)にしても、相変わらずまだ序盤。「詩的な情景描写と、人物の不安・緊張感がなかなかいい」という第一印象も変わらない。This sudden sorrow as she climbs the stairs, seeing how time is not some horizontal plane but a vertical plummet towards the ground.(p.129)
 ただ、たとえば David Mitchell の諸作のように、この先なにが起こるかわからない、といったおもしろさはない。

 上の she の不安はどうやらディストピア的な社会における国民全体の不安でもあるようだが、それにどんなテーマが加わり、どれほど意外な展開が待っているか。そこが本書の評価の分かれ目となりそうだ。
 とそんなふうにボンヤリ過ごしているうちに、ご存じのとおり中東では大事件が起きた。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻という「『力による現状変更』が国際社会によって追認されるようなことになれば」、ハマスのようなイスラム過激派テロ組織「の暴走は加速し、ロシアに続けとばかりに武力攻撃、侵略行為を激化させるだろうことは、想像に難くありません」。
 こう予言したのはあの有名な女性イスラム研究者である。彼女に批判的な人びとは多いようだが、少なくとも上の予言は当たっている。
 表題作における Michel Houellebecq の警告はさらに深刻だ。イスラム教の「教義に抵抗しうるだけの精神的支柱を今日の西欧人は有しているのか」。レビューではふれなかったが、西欧諸国だけでなく、はたして東洋の島国の住民にもそんな「精神的支柱」はあるのだろうか。
 いかん、これは絶不調時に採りあげる問題ではない。いまはせいぜい、ワクチン接種前に観た『湖畔のひと月』のように、ちらっと政治の影が射すくらいの作品のほうがいい。

湖畔のひと月 [Blu-ray]

 原作は短編の名手、H. E. Bates の "A Month by the Lake"(1957)。映画の途中、ヴァネッサ・レッドグレーヴ演じるオールドミスが悲しい真実を知って涙したときは、ぼくも思わずもらい泣きしてしまった。
 それでも最後はハッピーエンディング。とても上品なラヴコメだが、そこに「ちらっと政治の影が射」している。
 一方、影もなんにもないのが、たとえばヒュー・グラントが出てくるような現代のラヴコメだ。それはそれでけっこう楽しめるのだけど、映画としては明らかに『湖畔のひと月』のほうがすぐれている。原作のほうも、「あわただしい毎日の生活を忘れ、心静かにじっくり味読するのに適した珠玉の短編集である」。未読のかたはぜひどうぞ。