ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Souvankham Thammavongsa の “How to Pronounce Knife”(1)

 ゆうべ、2020年のギラー賞受賞作、Souvankham Thammavongsa の "How to Pronounce Knife" を読了。これは先日受賞作が発表された2020年全米批評家協会賞の最終候補作でもある。カナダの新人作家 Souvankham Thammavongsa はタイのラオス難民キャンプで生まれ、その後トロントに移住。本書は彼女の処女短編集である。さっそくレビューを書いておこう。 

How to Pronounce Knife: Stories (English Edition)
 

 [☆☆☆★★] 意味や脈絡があったりなかったりする幼時の記憶。なぜあの思い出はいま、かくもわが胸を締めつけるのか。だれにでもありそうな体験だが、それが本短編集では多くの場合、ラオス難民の女性が両親または片親といっしょに暮らした幼女時代の回想として綴られる。新天地で英語の発音に苦しんだであろう父親(表題作)。カントリー・ミュージック歌手ランディ・トラヴィスの大ファンになった亡き母と、妻を偲んでカラオケで絶唱する父。なぜかいつも娘の部屋で夜を過ごし、やがて家を出ていった母。その昔仲よく遊びまわったのに音信不通となり、後年街で見かけても声をかけそびれた友人。異文化への適応困難や貧困、重労働、身分格差、疎外、交錯する希望と失望、別離の悲しみなど、移民ならではの苦難の物語がユーモアをまじえながら紡ぎだされ、そこに親子や夫婦の断絶、恋愛、友情といった万人共通の話題も織りまぜられる。こうしたもろもろの要素をうまくまとめた絶品が上の第四話「ランディ・トラヴィス」。言葉の壁に笑わされ、難民らしからぬというべきか、らしいというべきか母親の狂乱ぶりに呆気にとられ、やがて漂う哀感と、底流にある愛情の深さに胸をえぐられる。意味もわからず一見脈絡もなく、しかしとにかく目に焼きついた子どものころの心象風景。移民を超えた移民の物語集である。