ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Kamel Daoud の “The Meursault Investigation” (1)

 Kamel Daoud の "The Meursault Investigation" (2013) を読了。巻末の紹介によると、Daoud はアルジェリア人ジャーナリストで、原書はフランス語で書かれ、ゴンクール賞最終候補作とのこと。英訳版は昨年、ニューヨーク・タイムズ紙の書評家 Michiko Kakutani が選んだ My Favorite Books of 2015 の一冊である。

[☆☆☆★★★] カミュの『異邦人』の本歌取り。かなり成功していると思う。ムルソーに射殺されたアラブ人の弟ハルンが事件を中心に、家族とアルジェリアの歴史、そして自身の人生を物語る。不条理というテーマは変わらないが、表現のしかたに新工夫があり楽しめる。最たる例は現実と虚構の混交で、あの名作を書いたのはカミュではなくムルソーで、事件も実際に起こったものとされる。無名の被害者にはムーサという歴とした名前があり家族もいた。この原作の虚偽を正す意図で調査が進む。しかし結果は不毛。ハルンもその母も周囲から孤立し、またお互いも離反、ハルンは人生の無意味を思い知らされる。事件の背景にアルジェリア独立戦争を配したり、家族以外の調査員を導入するなど、虚構はそれをリアルに描けば描くほど虚構性を増す、という「虚構の現実化による虚構性」をもとに不条理な世界を構築している点が秀逸。不条理な殺人は被害者の立場から見ても不条理であり、人生の不条理はムルソーだけでなく、どんな人間にとっても不条理なのだというわけだ。しかし注目すべきはむしろ、ハルンがアルジェリアの独立直後にフランス人を殺害する一件である。同じ人間を平時に殺せば不正義だが、戦時に殺せば正義とされる、という正義の相対性の問題が提出されているからだ。この相対的正義の不条理は、カミュの原作では扱われていなかったものだ。一方、ハルンは神を信じていないが、もし天上の絶対的正義が存在しなければ、あとにのこるのは地上の相対的正義という不条理でしかない。この問題への考察がなかった点が惜しまれる。