ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “Missing Person”(1)

 1978年のゴンクール賞受賞作、Patrick Modiano の "Missing Person"(1978)を読了。仏語の原題は "Rue des boutiques obscures"。ご存じ『冬のソナタ』の下敷きになった作品である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] 記憶を喪失した老人が「おれはだれだ」という疑問にとり憑かれ、わずかな手がかりを元に調査を開始。やがて少しずつ過去がよみがえってくる。要するにそれだけの話だが、なにより霧のなかをさまようような、ミステリアスでメランコリックな雰囲気がとてもいい。構成もうまい。パリで老人が訪ね歩いた人びとは、いちように過去を思い出し、孤独と悲哀をかみしめ、それがさらに老人の哀しみをつのらせる。いわば憂愁の輪舞である。後半、記憶の断片がつながりはじめると、老人の過去と現在を溶けあわせたような描写が連続。一方、それだけではストーリーの展開がむりな箇所では老人以外の視点が挿入。これにより感傷が適度に抑制され、また主観と客観の対比が輪舞形式に変化をもたらし、物語をふくらませている。霧や雨、そして雪の場面が多いことも雰囲気を醸成。こうした技法を駆使した結果、本書は「それだけの話」以上に仕上がっている。「人生でたいせつなのは過去」とか「人生は煎じつめると断片」といった言葉も心にしみる。しかし結末はやはり、雪の山中、男と女の逃避行であるべきだった。第二次大戦にさかのぼるなら、もう少し恐怖と緊張に満ちた瞬間も欲しかった、などと自分好みの色をつけたくなる佳篇である。