ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

David Diop の “At Night All Blood Is Black”(1)

 David Diop の "At Night All Blood Is Black" を読了。周知のとおり今年の国際ブッカー賞最終候補作で、仏語の原作 "Frère d'âme"(2018)は刊行年に Prix Goncourt des Lycéens(高校生のゴンクール賞)を受賞。英訳版(2020)も先日、ロサンゼルス・タイムズ文学賞を受賞したばかりである。さっそくレビューを書いておこう。 

[☆☆☆★] パスカル箴言をもじっていえば、「戦場の中間地帯をはさんで勇者と狂人が入れ替わる」のが戦争である。本書ではさらに、ある一線を超えると英雄的行為が蛮行になる。その過程が尋常ではない。が唐突に過ぎ、ひとはなぜその「一線を超える」のかという点が説明不足。ともあれ、第一次大戦で仏軍部隊に入ったセネガルの黒人兵アルファは、同郷の戦友の死をきっかけに復讐の鬼と化す。アルファには当初、友情か義務かというディレンマがあり、選んだ答えへの後悔もある。安楽死尊厳死の是非につながる葛藤のはずだが、彼は一瀉千里、狂ったように残虐行為へとひた走る。義務や戒律とは「人間的であらねばならぬときに人間的でないように命じるもの」。そう考えていたアルファが他律的なタガのはずれた瞬間、「残虐行為へとひた走る」のは皮肉な結果である。掟とは非人間的なものなのか。そもそも人間的とはどういう意味か。パスカルの述べた正義の相対性をはじめ、前半でいくつか道徳的難問が提示される。当然、後半はその解決篇と思いきや、話は戦前のセネガル時代、美しかったアルファの母や恋人の思い出などに及び、すぐには答えらしきものが出てこない。この楽しい脱線のあと、やがてカフカの『変身』のような夢物語や村の伝説を通じて、人間の二面性、二重性が指摘される。それを前半とつきあわせれば、「正気と狂気は紙一重」というのがいちおう結論のようだが、しかと整合性が読みとれるわけではなく、その結論も陳腐。それよりなにより、本書を読んでも、ひとがなぜ蛮行に走るのかという疑問はついに解消されない。これでは途中、作者がどこまで「道徳的難問」を鋭く意識して戦争の不条理を描いたのか怪しいものだ。竜頭蛇尾アレゴリー小説である。