きょうは Yann Martel の "The High Mountains of Portugal" について少し補足しようと思ったのだが、仕事のあいまに読んでいた今年のブッカー国際賞 (The Man Booker International Prize) 受賞作、Han Kang の "The Vegetarian" を読了。韓国語からの英訳版である。こちらのレビューを先に書いておこう。
[☆☆☆★★★] 異変はある日突然やってくる。日常生活が突如、暗転する。そのとき自分はどうなるのか。まわりの家族はどうしたらいいのか。本書はこうした悪夢のような危機的状況を描いた作品である。中心にあるのは、韓国の平凡な家庭の主婦が極端な菜食主義者になる話だが、それが連作短編形式で、順に彼女の夫、義兄、姉の立場から語りつがれる。思わず慄然とする場面、恐ろしい修羅場がいくつもあり目が釘づけになってしまうが、とりわけ義兄が主役を演じる耽美的な映像撮影シーンが全篇の白眉。妖しい美とエロスの混在する芸術的な世界は異様な熱気につつまれ、これが若手女流作家の創造したものとは信じられないほどだ。前後の二話も異常な事態を扱っているとはいえ、本質的には家庭の悲劇。また、よくある自己喪失の物語である。いわば日常の延長線上にある非日常だが、その非日常をさらに超えた美の極致、官能と感覚の至高の世界をつむぎ出したのが上の義兄篇なのだ。タイトルから離れるが、むしろこれをテーマにしてほしかった。なお、作者は翻訳者 Deborah Smith との共同受賞。原語との対照はできないが、たしかに達意の名文である。