もう一回だけ続きを書いておこう。主人公 Thomas の親友 John がこんな話をする。John Cole says in human matters there often three things rivalling. Truths fighting one with another. That's the world, he says.(p.239)
three とは、最低でも、ということだろう。実際は many のはずだ。いずれにしろ、「真理と真理が争いあっているのがこの世」である。
パスカルも『パンセ』でこう述べている。「われわれが見る正義や不正などで、気候が変わるにつれてその性質が変わらないようなものは、何もない。緯度の三度のちがいが、すべての法律をくつがえし、子午線一つが真理を決定する。(中略)川一つで仕切られる滑稽な正義よ。ピレネー山脈のこちら側での真理があちら側では誤謬である」。(前田陽一・由木康訳)
こうした正義の相対性ゆえに、この "Days without End" でも、「インディアンも白人もともに善玉であり、かつ悪玉として描かれている」のである。
と同時に、「双方の行動や心理において、『人間の善良さと残虐さが等しく浮き彫りにされ』ている」。このような人間の二面性もまた、毎度おなじみの引用だが、「人間は天使でも獣でもない」という同じくパスカルの箴言と軌を一にするものだ。
そればかりではない。本書ではこんな道徳的難問も提出される。「殺すか殺されるか。ひとりの命を救うために、もうひとりの命を奪わねばならないときにどうするか」。詳細は省くが実際、「人間がそういう究極の選択を迫られる限界状況をみごとにドラマ化した」場面が出てくるのである。
この問題には完全正解はない。人を殺すことが罪なら、人を見殺しにすることも罪だからだ。つまり、「神ならぬ人間には不完全な答えしか選べない」。上の場面からは、そうした「人生の苦い真実も読み取れる」のである。
ひるがえって、最近のどこかの国には、「お前は人間じゃない。たたっ斬ってやる」だの、「誰それと同じ空気を吸うのもつらい」だの、言葉の上ではあるが、人を殺したり、人権を無視したりすることを正当化してはばからないような学者や政治家もいる。上に駆け足で書いた「正義の相対性」や「人間の二面性」、「道徳的難問」、「人生の苦い真実」とはまったく無縁の言論というしかない。自分の信じる一つの正義しか頭にない空論である。イヤな時代になったものだ。
(写真は、宇和島市宇和津小学校にほど近い妙典寺前の界隈。雰囲気は昔とあまり変わらない)