ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Lawrence Durrell の “Balthazar (Alexandria Quartet 2)”(2)

 やっと本ブログのデザインがほぼ完成。ほんとうはいろいろカスタマイズできるらしいのだが、おじいちゃんにはシンドイ。飽きるまで当分、このままにしておこう。

 過去記事の分類も面倒くさくなり、いったん休憩。また本ブログでは未公開のレビューもまだいくつかあるのだけれど、その手直しにも時間がかかる。
 というわけで、遅まきながら、Lawrence Durrell の「アレクサンドリア四重奏」について軽く補足を始めることにした。きょうは第二巻 "Balthazar"(☆☆☆☆★ 1958)の番だ。 

 これは採点に困ってしまった。第一巻 "Justine"(1957)は☆☆☆☆★★。 

 ぼくは同書を読んだ時点で、たぶん四重奏全体としてもおなじ点数になるだろうなと思った。それなら第二巻も?
 四重奏の合冊版が上梓された1962年、作者は巻頭の序文でこう述べている。This group of four novels is intended to be read as a single work …… The first three were related in an intercalary fashion, being 'siblings' of each other and not 'sequels'. つまり、四重奏をぜんぶまとめて評価しろと言いたげなのだ。

 それなら最初から合冊本を出せ、と反論したいところですな。それに当時の読者は、四部作をそれぞれ単独の作品として発表順に読んだはず。そこでぼくも結局、四部作をいま書かれつつある新作として読み、べつべつに評することにした。古典の読み方としては正しくないかもしれないですけどね。
 さて、そういう目で本書 "Bathazar" をながめると、明らかに "Justine" よりいくぶん落ちると思う。"Justine" が単独作品としても読めるのにたいし、"Balthazar" は "Justine" に寄りかかっている部分があるからだ。点数を★ひとつ(約5点)減らしたゆえんである。
 どこがどう「寄りかかっている」かは省略。論証に時間がかかりすぎる。作者は sibling と言うが、要するに「第一巻の補完もしくは異稿」というのが本書の立ち位置だろう。
 エピソードとして面白かったのは、作中人物のある作家に D. H. Lawrence が、 In you I feel a sort of profanity ― almost a hate for the tender growing quick in things, the dark Gods .... という文面の手紙を書いたというくだり(p.284)。ほかにも Lady Chatterley への言及があるなど(p.385)、ローレンス・ダレルはやっぱり D・H・ロレンスを意識していたのかなという気がする。"Justine" にかんする補足で、ぼくは両者の相違について暴論を述べたものだが、このふたりの大作家の比較研究、どこかの英文科の先生がすでにおやりになっているかもしれませんね。 

(写真は、愛媛県宇和島市吉田町立図書館。先月の帰省中、友人の車で前を通過、初めてまともに撮影できた)

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