3回目のコロナ・ワクチン接種を受けたあと、高熱を発するなど副反応がひどく、体調が完全に回復するまでかなり時間がかかった。そのかんボチボチ読んでいたのが Orhan Pamuk の "Snow"(2002)。はて、どんなレビューになりますやら。
[☆☆☆☆] 深い雪に閉ざされたトルコの地方都市カルスで軍事クーデター発生! といってもこのクーデター、すこぶる限定的で、当地の国民劇場でもよおされたショーに端を発するなど劇場型。関与した俳優が射殺される劇中劇にいたってはファースの様相さえある。20世紀後半にトルコで実際に起きた軍事クーデターを背景に、オルハン・パムクはここでおそらく現代トルコの政治状況の縮図を象徴的に、時には戯画的に描いたのではあるまいか。実際、本書にはイスラム過激派のテロリストやイスラム穏健派、世俗主義者、クルド人の若者など、いろいろな政治・宗教・民族の代表者が集結。彼らと主人公の元左翼活動家で詩人Kaとの対話、および上のクーデターや劇中劇などから、西欧化をむねとする世俗派と、伝統を重んじるイスラム派との対立、ひいては文明の衝突、その一方で統一への希求といったさまざまなベクトルが見えてくる。観念的な小説になりがちなテーマだが、これをパムクはファースのみならず、「オルハン・パムク」という作家を登場させるメタフィクションの技法で処理。さらには、Kaと彼の愛する美女イペキとのラヴロマンスで甘く悲しい彩りを添えている。そしてなにより、全篇を通じて降りつづける雪という演出効果が抜群。作家パムクの守備範囲の広さをおおいに示した秀作である。