今年のブッカー賞候補作、Rachel Kushner の "The Mars Room"(2018)を読了。さっそくレビューを書いておこう。(7月25日の候補作ランキング関連の記事に転載しました)
[☆☆☆★] 看板に偽りあり。主な舞台はシスコのストリップ・クラブ〈マース・ルーム〉ではなく、ロス近郊の女子刑務所だからだ。実際、主人公ロミーのダンサー時代の話より、彼女の刑務所生活のリポートのほうがはるかにおもしろい。施設の実態はもとより、ムショ仲間との交流や看守との対決、さらには、ほかの受刑者の悲惨な体験など、どのエピソードもよく出来ている。娘時代からの回想をはさんで過去と現在を交錯させ、またロミー以外の視点も取りいれることで、貧困や犯罪、児童虐待、人種差別、性差別など、アメリカのかかえるさまざまな社会問題が浮かびあがってくる。とりわけ、裁判・司法制度の矛盾については鮮やかな筆さばきだ。がしかし、ソローを思わせる「森のなかの生活」篇や、ロミーに関心をよせる法務教官の独白など、話が飛びすぎて一貫性に欠ける憾みもある。くだんの教官の人生経路に代表されるように、読んでいるうちは惹かれるが、読後に心にのこるものが少ない、まずまずの水準作である。