ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2018年ブッカー賞ショートリスト発表

 ロンドン時間で20日ブッカー賞のショートリストが発表された(この記事は21日付ですが、実際は20日に書きました)。今年はロングリストに入選した全13作のうち10作を読了。「文学老人」にしては、久しぶりにがんばりました。
 ロングリストのランキングは7月25日の記事に掲載。賞レースの個人的な予想としては、本命 "The Overstory"、対抗 "Milkman"、穴馬は自分の好みで "Warlight" と踏んでいたが、残念ながら "Warlight" は脱落してしまいましたね。
 ともあれ、ショートリストはおろかロングリストをながめても、ぼくの採点で☆☆☆☆(約80点)以上は皆無。力作、秀作はあっても、飛び抜けた傑作はない。今年のレースはどうも低調ですな。
 以下、既読作品のレビューをぼくのランキング順に再録しておきます。未読の作品 "Washington Black" については、後日レビューを掲載する予定です。
 12月14日追記:"Washington Black" のレビューを追加しました。これでランキング確定です。
1."The Overstory" Richard Powers (USA)

The Overstory

The Overstory

  • 作者:Powers, Richard
  • 発売日: 2018/04/03
  • メディア: ハードカバー
[☆☆☆★★★] エコロジーは地球規模の問題であり、また政治や経済、社会、文化などにかかわる複雑な問題でもある。それゆえ、そのスケールと複雑さを忠実に反映した小説は容易には書けないかもしれない。本書は、この創作課題に鬼才パワーズが果敢に挑んでかなり成功した、テーマ的にも構造的にも〈樹木小説〉としか言いようがない力作である。まず、何らかのかたちで樹木と縁のある8人の人物がそれぞれ別個に〈根〉を形成。ヴェトナム戦争中、墜落機から大木の上に落下して命びろいするパイロットの話が面白い。ついで8本の根がひとつの幹となるが、正確にはまだ4本の幹。中でも、森林の伐採をめぐる攻防、巨木の上で1年間もつづく籠城、製材会社や営林施設への放火と、次第にエスカレートしていくアクション小説篇がサスペンスに満ちて秀逸。圧巻である。ただし善玉・悪玉の色分けがはっきりしているため、複雑なエコロジー問題を「忠実に反映した」ものとは言いがたく、また人間ドラマとしても味が薄い。その後やがて4本の幹はひとつの樹冠へと成長。放火事件をめぐり「理想主義の栄光と悲惨」という重大な問題が軽く提示されたのち、樹木と人間が共通の祖先から生まれた同じ生態系の一員であるとの認識が前面に押し出され、地球規模の生態系が壮大なゲームソフトのかたちで紹介される。まさに本書の理論的中枢をなす部分であり、第一部からふくめて樹木にかんする逸話や情報満載。たしかに興味ぶかいのだが、山場らしい山場もなく深い感動は得られない。環境問題に対する個人の立場として、ソローの市民的不服従も示されるが情緒的な扱い。結局、作者としては、生態系を守るために何をすべきなのか、何ができるのか、読者の心に問題意識という種をまきたかったのかもしれない。樹木も人間だ、という声が聞こえてくるようなエコロジー小説である。
2."Milkman" Anna Burns (UK)
Milkman

Milkman

  • 作者:Burns, Anna
  • 発売日: 2018/05/17
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★★] 多くの人々が誤情報や偽情報を真実と見なし、虚報にもとづいて人格攻撃や魔女狩りに走る。本書は、そんな情報化社会における大衆ヒステリーの危険をアレゴリカルに描いた力作である。舞台は1970年代のおそらくベルファスト。警察とテロリストが動静を探りあい、親英派と反英派の住民が対立している。そうした政治状況を認識しながらコミットメントを避けていた若い娘にストーカーが近づくが、なぜか母親もふくめ住民はふたりの不倫関係を確信。反論をいっさい認めない全体主義的な閉鎖社会のなかで集団の狂気が娘に襲いかかる。恐ろしい内容だが、娘はタフな精神の持ち主で、友人以上恋人未満の男とすったもんだ。いっぷう変わった恋愛沙汰にアイルランドの政治問題が濃い影を落とし、そこへさらにドタバタ喜劇をまじえた集団ヒステリーが発生、複雑な展開となっている。やや荒削りな構成でダイグレッションも多く、また長大なパラグラフに娘の内的独白や複数の会話、客観描写が連続するなど晦渋な文章だが、そこには人間性への深い洞察が読み取れる。まともな人ほど心に矛盾をかかえ、自身矛盾を感じない人ほど他人にレッテルを貼りたがり、その結果、正常な人間が異常者扱いされる異常な事態。事実を検証せず、自分の偏見と先入観に気づくこともなく、立場の異なる相手を糾弾する社会。現代の情報化社会への警鐘という点で本書のもつ意味は大きいが、娘が一連の事件を通じて成長する青春小説としても読めるところに救いがある。
3."Everything Under" Daisy Johnson (UK)
Everything Under

Everything Under

  • 作者:Johnson, Daisy
  • 発売日: 2018/10/23
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★★] 冒頭は認知症の母親と同居する娘の話。とくれば、いわゆる〈難病もの〉か親子の断絶がテーマだろうと思ったが、以後の展開はそんな固定観念にもとづく予想をみごとに裏切るものだった。これは神なき現代における人間の運命を寓話的に描いた、『オイディプス王』の本歌取りとも言うべき秀作である。が、その意図はすぐには見てとれない。16年前に失踪した母親を娘が探しまわる一方、その昔、テムズ川へとつづく運河で母とふたり、ボート暮らしをしていた時代を回想。また一方、当時ふたりの前に現れた少年の冒険物語もスタート。この三本立ての進行が巧みでサスペンスにあふれ、ハートウォーミングなふれあいと緊張の一瞬が交錯するなか、『オイディプス王』を思わせる複雑な人物関係が次第に明らかになる。むろんギリシア悲劇のように神と人との劇的対立はありえず、そのぶんスケールの小さいドラマではあるが、それは現代文学の宿痾。にもかかわらず、娘が辞書編纂者となった経緯からうかがえる「始めに言葉ありき」という言語、愛と血のつながりとしての家族、このふたつの要素が人間の思考と行動を決定づけるもの、すなわち運命であることを本書は如実に物語っている。神なき現代にあって運命とはなにか、その具体的な意味にこれほど迫った試みも珍しい。劇的感動こそ得られないものの、古典古代ならぬ現代が舞台の試みである点を大いに評価したい。
4."Washington Black" Esi Edugyan (Canada)
Washington Black: Shortlisted for the Man Booker Prize 2018

Washington Black: Shortlisted for the Man Booker Prize 2018

  • 作者:Edugyan, Esi
  • 発売日: 2018/08/02
  • メディア: ハードカバー
[☆☆☆★★] 結末を除けば、物語としてはかなり面白い。19世紀中葉、バルバドス島の農園から、黒人奴隷の少年ワシントンが農園主の弟クリストファーの製造した飛行船で脱出。過酷な奴隷制の現実と、冒険小説の痛快さが同居する快調な滑り出しである。やがて舞台はカナダ北極圏、ノヴァスコシアの街と海、ロンドン、アムステルダム、モロッコの砂漠へと目まぐるしく変化。そのかんワシントンは人種差別に耐え、画才を認められて海洋生物学者の仕事を手伝い、水族館の建設を企画する一方、美しい娘と恋仲になったり、逃亡奴隷を追う賞金稼ぎの男と死闘を繰りひろげたり、さまざまな経験を通じて次第にたくましく成長する。突然スリルに満ちた危険な瞬間が訪れ、うぶな少年の心をときめかす甘美なひとときが流れ、農園時代の胸ふたぐ思い出も去来するなど緩急自在、鮮やかな場面転換は心憎いばかりだが、反面、善玉悪玉の色分けが目だち、奴隷制の扱いに見受けられるように皮相な人道主義も鼻につく。またスムーズな展開を重視するあまり、クリストファーとそのいとこ、父親など主要人物の心理が説明不足。最後、他人の苦しみは理解しがたいもの、という当たり前の真実が取って付けたように示されるようでは、いったいなんのための恋と冒険の物語だったのか、と疑問に思わざるをえない。ゆえに真実を知ったワシントン同様、読後の「心は空白」、感動はさっぱり湧いてこない。英ハードカバー版の楽しい表紙が予感させる文芸エンタメ小説に徹したほうが正解だったような気がする。
5."The Long Take" Robin Robertson (UK)
The Long Take: Shortlisted for the Man Booker Prize

The Long Take: Shortlisted for the Man Booker Prize

[☆☆☆★] 歴史にはつねに光と影がつきもので、光だけ、影だけが存在するということは決してない。ところが本書は、第二次大戦における連合国の勝利と、戦後のアメリカの発展という輝かしい歴史の裏にある暗黒面のみに焦点を当てている。すべて影のイメージで統一した、全編をひとつの長大な散文詩とも読める工夫は大いに評価できるし、主な舞台がニューヨーク、ロス、シスコとあって、当時のフィルム・ノワールを実況中継ふうに紹介するレトロ感覚もいい。が、主人公の復員兵ウォーカーの脳裏に去来するのは終始、戦争の残酷さ、悲惨さであり、新聞記者になった彼が絶えず目にするのは、貧困、犯罪、人心の荒廃である。つまり、ここで描かれる歴史の暗黒面とは型どおりのものでしかない。ユダヤ人の虐殺を中止させる手段として戦争以外に何があったのか、という問題を扱ったオーウェルの評論とは雲泥の差である。また都市の再開発のためビルが破壊される場面から戦場の記憶がよみがえり、対照的に戦前のカナダの美しい自然、別れた家族や恋人を思い出すという展開が多く、ウォーカーの傷心がしみじみと伝わってくるのはいいが、これも次第にパターンが鼻につく。心の影、歴史の影、都市の暗部を見つめるのは詩人の仕事かもしれないが、ウィリアム・ブレイクのように人間の善悪両面に踏み込まなければ偉大な詩は生まれないものである。
6."The Mars Room" Rachel Kushner (USA)
The Mars Room

The Mars Room

  • 作者:Kushner, Rachel
  • 発売日: 2018/06/07
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★] 看板に偽りあり。主な舞台はシスコのストリップ・クラブ〈マース・ルーム〉ではなく、ロス近郊にある女子刑務所だからだ。実際、主人公ロミーのダンサー時代の話より、刑務所生活のリポートのほうがはるかに面白い。施設の実態はもとより、ムショ仲間との交流や看守との対決、さらには、ほかの受刑者の悲惨な体験など、どのエピソードもよく出来ている。娘時代から服役までの回想をはさんで現在と過去を交錯させ、またロミー以外の視点を取り入れることで変化が生まれ、貧困や犯罪、児童虐待、人種差別、性差別など、アメリカのかかえるさまざまな社会問題が浮かび上がっている。とりわけ、裁判・司法制度の矛盾については鮮やかな筆さばきである。が、ソローを思わせる「森の中の生活」篇や、ロミーに関心を寄せる法務教官の独白など、全体の構図にうまく収まらないピースも多く興味半減。くだんの教官の人生経路に代表されるように、読んでいるうちは面白いが、読後に心にのこるものが少ない、まずまずの水準作である。