ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Esi Edugyan の “Washington Black”(1)

 ゆうべ、今年のギラー賞受賞作、Esi Edugyan の "Washington Black"(2018)を読了。周知のとおり、本書は今年のブッカー賞最終候補作でもあり、また、ニューヨーク・タイムズ紙の年間ベスト5小説にも選ばれている。
 ギラー賞はカナダで最も権威のある文学賞で、Esi Edugyan 自身、2011年の “Half Blood Blues”(☆☆☆★★)につづいて二度目の受賞。同書は今回とおなじくブッカー賞最終候補作でもあった。
 なお、下のレビューは今年のブッカー賞ショートリスト、ロングリストの記事に転載しました。これで候補作のランキング確定です。 

 

 

Washington Black: A novel

Washington Black: A novel

 

[☆☆☆★★] 結末を除けば、物語としてはかなり面白い。19世紀中葉、バルバドス島の農園から、黒人奴隷の少年ワシントンが農園主の弟クリストファーの製造した飛行船で脱出。過酷な奴隷制の現実と、冒険小説の痛快さが同居する快調な滑り出しである。やがて舞台はカナダ北極圏、ノヴァスコシアの街と海、ロンドン、アムステルダム、モロッコの砂漠へと目まぐるしく変化。そのかんワシントンは人種差別に耐え、画才を認められて海洋生物学者の仕事を手伝い、水族館の建設を企画する一方、美しい娘と恋仲になったり、逃亡奴隷を追う賞金稼ぎの男と死闘を繰りひろげたり、さまざまな経験を通じて次第にたくましく成長する。突然スリルに満ちた危険な瞬間が訪れ、うぶな少年の心をときめかす甘美なひとときが流れ、農園時代の胸ふたぐ思い出も去来するなど緩急自在、鮮やかな場面転換は心憎いばかりだが、反面、善玉悪玉の色分けが目だち、奴隷制の扱いに見受けられるように皮相な人道主義も鼻につく。またスムーズな展開を重視するあまり、クリストファーとそのいとこ、父親など主要人物の心理が説明不足。最後、他人の苦しみは理解しがたいもの、という当たり前の真実が取って付けたように示されるようでは、いったいなんのための恋と冒険の物語だったのか、と疑問に思わざるをえない。ゆえに真実を知ったワシントン同様、読後の「心は空白」、感動はさっぱり湧いてこない。英ハードカバー版の楽しい表紙が予感させる文芸エンタメ小説に徹したほうが正解だったような気がする。