このところ、四月から一年契約で復帰した元の職場が繁忙期。家に帰るとぐったりで、おまけに風邪もひいてしまい、本を読むスピードがめっきり落ちてしまった。そんなこんなで、ゆうべ、やっと読みおえたのが Juan Gabriel Vásquez の "The Shape of the Ruins"(原作2015、英訳2018)。今年のブッカー国際賞最終候補作である。現地ファンの下馬評によると、Annie Ernaux の "The Years"(2008☆☆★★★)と並んで本命を争っているようだ。さっそレビューを書いておこう。

The Shape of the Ruins: Shortlisted for the Man Booker International Prize 2019
- 作者: Juan Gabriel Vasquez,Anne McLean
- 出版社/メーカー: MacLehose Press
- 発売日: 2019/04/11
- メディア: ペーパーバック
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[☆☆☆☆] 要人の暗殺をはじめ、政治的な大事件の裏に陰謀あり、と決めつけていいかどうかはさておき、少なくとも歴史の秘話には読者の興味をくすぐるものがある。が、ヴァスケスはそうした通俗的な興味で読者を誘いつつ、核心部分では祖国コロンビアの歴史の闇、そして人間の心の闇へと、みずから迷い込んでいく。なにが真でなにが偽か、あやめも知らぬ迷宮の世界での自問自答。これを忠実に描くには、どうしても現実とフィクションを混淆させねばならぬ。本書はその内容ゆえに必然的に生まれたメタフィクションである。まず扱われるのは、1948年、ボゴタで起きた自由党党首ガイタン暗殺事件。数葉の写真があしらわれ、ヴァスケス自身、実名で登場するなど、早くも現実とフィクションの融合を思わせるが、やがて劇中劇のかたちで、こんどは1914年、おなじくボゴタで起きた自由党の指導者ウリベ暗殺事件に遡及。ふたつの暗殺が終幕の現代で結びつくという展開だが、読めば読むほど「なにが真でなにが偽か、あやめも知らぬ迷宮の世界」に入り込むことになる。その真偽もさることながら、これは小説なのか、ドキュメンタリーなのか、はたまたドキュメンタリー小説なのか。こうした文学的関心も呼び起こす一方、ヴァスケスはやはり事件の解明を通じて、国家とはなにか、そこに生まれた自分はどんな存在なのか、とみずから問いただしている。「世界および自分自身との格闘」が創作の起点にあるという告白は、現代の作家からは久しく聞かれなかったものかもしれない。歴史には、国家には光と影がつきものであり、矛盾を矛盾のまま国民が受け継いでいく、という結びにも胸を打たれる。内容と形式の一致が、作者と読者の希有な共同作業を生みだした秀作である。