ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Günter Grass の “Cat and Mouse”(2)

 ブッカー国際賞の発表が迫ってきた(ロンドン時間5月21日)。去年に引き続き、今年も発表前に読んだ最終候補作は2冊だけ。
 去年は現地ファンの下馬評で1番人気だった Hang Kang の "The White Book"(☆☆☆★★)と、3番人気だった Ahmed Saadawi の "Frankenstein in Baghdad"(☆☆☆★★)を読んでいたものの、フタをあけると2番人気の Olga Tokarczuk の "Flights"(☆☆☆★★)が受賞。同点ながら、まず順当な結果だったように思う。
 今年は、やはり現地ファンの下馬評で本命を争っている Annie Ernaux の "The Years"(☆☆★★★)と、Juan Gabriel Vásquez の "The Shape of the Ruins"(☆☆☆☆)を読了。"The Years" のほうは、どうしてそんなに評価が高いのか、ぼくにはさっぱり理解できない。レビューでも落ち穂拾いでも触れなかったが、Ernaux はどうやらフランスの5月革命(危機)に郷愁を感じているらしく、以後、右派政権が誕生するたびに絶望に近い感想が述べられる。ちょうど日本の60年安保闘争で挫折した人たちのような政治感覚で、それに共鳴できれば評価も高くなるのかもしれない。
 一方、"The Shape of the Ruins" は大本命だと思います。じつはいま、3冊目の最終候補作、Alia Trabucco Zerán(チリ)の "The Remainder"(原作2014、英訳2018)を読んでいるのだけど、なかなか出来はいい。が、どうも本命を蹴落とすほどではなさそうだ。ちなみに、現地ファンのあいだでは3番人気のようですな。
 さて、ここからが本題。ご存じノーベル賞作家、Günter Grass の "Cat and Mouse"(1961 ☆☆☆★★)について少しだけ補足しておこう。かのダンツィヒ三部作の第二作だが、第一作 "The Tin Drum"(1959 ☆☆☆☆★★)ほどには知られていないかもしれない。  

  

The Tin Drum (Vintage War)

The Tin Drum (Vintage War)

 

  同書を読んだのは、読書記録によると2003年。当時はまだレビューらしきものを書いておらず、「フリークが太鼓をたたいて語るメタフィクション」とのコメントしか残していない。内容はほとんど忘れてしまったが、それでもえらく圧倒されたことだけはしっかり覚えている。
 "Cat and Mouse" にも、ブリキの太鼓をたたく少年が登場するが(p.138, p.139)、ただ顔を見せたというだけで、前作との関連はまったくない(と思う)。一連の作品であることを印象づけるのがねらいのようだ。
 本来なら "The Tin Drum" を再読したのち、二作の関連性について本格的に考察すべきなのだが、それはシンドイし時間的余裕もない。だから単なる推測なのだけど、どちらもフリークが主人公という共通点はあるのではないか。"Cat and Mouse" の主人公「マールケの喉仏はネズミほどの大きさで、下の持ち物は馬並み。そんな異形の姿にふさわしく、その行動も少年時代から終始一貫、信じられないほど型破りで度肝を抜き、周囲を圧倒している」。
 どうしてそんな設定にしたのだろう。ない知恵を絞って導いた答えが、寓話小説とも読めるのではないか、という推論。第二次大戦中、ナチス・ドイツ占領下のポーランドが舞台ということで、「全体主義体制のもと、かりそめにも人が自由に生きるためには、かくも異彩を放つ存在であらねばならぬのか。それならおよそ一般市民には自由なんぞ手に入るべくもない」。ドイツ文学の専門家が目にしたら、思わずプッと噴きだしそうな珍説でしょうね。
 とはいえ、これが「じつはすこぶる正統的な青春小説でもある」ことは、たぶん間違いないだろう。戦後十年以上もたってから、語り手の「私」は旧軍人の集まりに出かけ、マールケと会えなかったので場内アナウンスをかけてもらう。"Sergeant Mahlke is wanted at the entrance." But you didn't show up. You didn't surface.(191)
 このくだりは泣ける。「悪友への思いを綴った最後の一行が、たまらなく切ない」。ああ、そういえば "The Tin Drum" にもそんな場面があったっけ、という記憶でもよみがえればいいのだが、まったくその気配なし。三部作とも寓話小説か青春小説か、それとも何か別ものか。そのあたり、いつか第三作 "Dog Years"(1965)を読むときに頭に置いておこうと思っている。