ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jokha Alharthi の “Celestial Bodies”(2)と、最近の海外文学の低調

 前々回、こんどのフランス旅行で今年のハイライトはおしまい、と書いた。帰国して平凡な日々が再開してみると、いまは実際、「days after」という感が強い。去年の春のハワイ旅行では、そういうこともなかったのに。
 ハイライトといえば、やむを得ぬ事情で復職した勤務先の仕事も、おととい金曜日、今夏最後の山を越えた。今月初旬ほどの山ではなかったものの、やはりホッと気が楽になった。あとは年末まで、そこそこ忙しいだけだろう(と期待したい)。
 復職が突然、文字どおり青天の霹靂で決まったのが3月21日。以後の読書生活を振り返ると惨憺たるもので、量が激減したのはもちろん、一心不乱に何かに読みふけったことも、ほとんど一度もない。たぶん、Juan Gabriel Vasquez(コロンビア)の "The Shape of the Ruins"(原作2015、英訳2018)と出会ったのが唯一の救いだろう(☆☆☆☆)。

 ご存じ今年のブッカー国際賞最終候補作のひとつで、現地ファンの下馬評では1番人気だった。ところが、フタをあけると栄冠に輝いたのは表題作。 

 この結果には現地ファンも驚き、失望の声が上がった。ぼくもおなじ意見だ。決してわるい出来ではないけれど、ぼく自身の評価では同点(☆☆☆★)ながら、Alia Trabucco Zeran(チリ)の "The Remainder"(原作2014、英訳2018)のほうが頭ひとつ上。 

 一次候補作だった Annie Ernaux(フランス)の "The Years"(原作2008、英訳2017)よりはマシだが(☆☆★★★)、それにしても4冊読んだ候補作のなかで1冊しか収穫がなかったとは、今年の賞レースが低調だったのか、それとも、たまたまヒット率がわるかったのか。 

 ゲン直しに読んでみた今年のブッカー賞〈ロングリスト候補作〉も、パッとしなかった。下馬評に反して落選した Ali Smith の "Spring"(2019 ☆☆☆)と、Akwaeke Emezi の "Freshwater"(2018 ☆☆☆★)。どちらも選外となったのは無理もないと思う。 

 

 意外なことに、ロングリストの発表以前から評判のいい Max Porter の "Lanny"(2019 ☆☆★★★)が、きょう現在確認しても、相変わらずショートリスト入りの有力候補と目されている。いったいどうなってるんだろう、というのが偽らざる感想だ。 

 まことに乏しい読書量ながら、ブッカー国際賞、ブッカー賞という権威ある文学賞関連の作品でこうも不作続きなのは、繰り返すが、低調なのかヒット率がわるいのか。いずれにしても、ぼくがあまり評価できないものに共通している欠点がいくつかある。
 まず、物語性の欠如ないし不足。物語性とは、異なる価値観の人間同士の対立から生まれる、というのがぼくの愚見だ。みんなおなじ考えの持ち主なら、事件もドラマも起こらない。平和なものである。作品のなかで小さな対立はあっても、本質的な対決がないというのは、作者が一元的な価値観に立脚しているからではないか、という疑いにつながる。
 つぎに、その一元的な価値観。これはとりわけ、作者が政治的な理想を訴える場合に色濃く反映される。図式的な説明になるが、右か左か、右でなければ左、左でなければ右。その中間がない。あるいは、極端から極端へと揺れ動くことがない。両者の矛盾に苦しむことがない。なんの迷いも葛藤もなく、ただ自分と立場の異なる相手を罵倒するだけの〈ネトウヨ、ネトサヨ〉と同様の脆弱な精神。それがこの島国の人々だけでなく、海外の作家にも蔓延しつつあるのではないか、という気がする。こじつけの愚考だとは思うけれど。
 最後に、変則的な表現過多。たしかにイマジネーションはすばらしい。独創的なアイデアが続出し、よくまあこんな表現、こんな状況を思いつくものだと感心させられる。けれど、その表現や状況の行き着く先がどこなのか、価値観の表明があいまい。もしくは一方的。これは結局、上のふたつの欠点の裏返しで、言いたいことが決まりきっているため、あとはその表現を工夫するしかない、ということなのではないか。よく言えば独創的だが、反伝統的、変則的、自己満足的と、だんだんわるく言うこともできる。
 この3つの欠点を唯一まぬかれているのが、上記の "The Shape of the Ruins" である。
 以上、ヒット率の低さと貧弱な読書量を棚に上げて、4月以降に出会った海外現代文学の低調ぶりを総括してみた。まさに自己満足のきわみですな。
(写真は、モン・サン=ミシェル。定番の観光地だが、ドラ娘のおかげで、パリから現地までツアーより短時間で往復できた) 

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