ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ian Williams の “Reproduction”(1)

 数日前に昨年のギラー賞受賞作、Ian Williams の "Reproduction"(2019)を読みおえたのだが、これまで諸般の事情というやつで、なかなか感想をまとめる時間が取れなかった。新型コロナウイルスのことも話題にしたいけれど、とりあえずレビューをでっち上げておこう。(きょう現在、表紙のアップは不可能。原書はアマゾン・カナダで入手できます。追記:後日表紙をアップできました) 

Reproduction

[☆☆☆] いまだ血は水よりも濃しか、それとも、いまや血は水ほども薄しか。近くて遠い、遠くて近い存在である家族そして親子の絆は、文学における永遠のテーマのひとつかもしれない。その絆を無機的に「リプロダクション(生殖)」と表した本書は、絆の実態を濃淡とりまぜコミカルかつコラージュ風に活写した、いかにも現代的な家庭小説である。ここではふつうの家族関係は存在しない。トロントを舞台に、とりわけ後半、シングルマザーとその息子、息子の父親、レイプで生まれた子どもとその祖父が、五つどもえで織りなす人間模様はまさしく生殖のたまもので、彼らはそれぞれ愛情で結ばれているとも、いないともいえるような不即不離の関係にある。ふれあいとすれちがい、はずみながらもかみ合わない会話、発された言葉と心中の脇ぜりふなど、叙述形式もその内容も関連がありそうでなさそうな断片の連続で、いわば濃淡とりまぜた絆の典型例。これこそじつは「ふつうの家族」のありようなのだと、あらためて思い知らされる。が、だからといって感動まで呼びおこすものではない。ひとはお互いに濃密であることを望みながら、ついに希薄たらざるをえない。にもかかわらず濃密たらんと欲している。そういう苦い真実、人生の矛盾に迫らなければ、すぐれた文学作品は生まれない。この点本書は、不即不離という家族の実態をそのまま示すというより、むしろ表面をなぞっただけと評するほうが正しい。その描きかたに斬新な、ただし読むのに煩雑な工夫がほどこされただけの水準作である。