ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anuk Arudpragasam の “A Passage North”(1)

 きのう、今年のブッカー賞一次候補作、Anuk Arudpragasam の "A Passage North"(2021)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

[☆☆☆★★] 人生にはかならず、来しかたをふりかえる瞬間がある。昔の恋人から連絡があったり、旧知のひとの訃報に接したり、旅の途中、車窓の景色をながめたり、葬儀に参列したりしたとき。本書はそんな流れで進む、スリランカの青年クリシャンが過ごした三日間の事件録と、青春の回想録である。と同時に、それは長い内戦で悲惨な目にあった人びとの記録でもあり、内戦に自分がどうかかわり、かかわらなかったかという自省録でもある。南部の大都市コロンボから北部の小村まで旅をするあいだ、そして祖母のヘルパーだった女性の死に顔を目にしながら、クリシャンはあれこれ思いをめぐらせる。愛と断絶、人生の目標、戦争の大義と現実、伝統と宗教、自由、運命、家族の絆、介護問題。あまりに多岐にわたる内容で焦点がぼやけ、強烈なインパクトに欠ける憾みもあるものの、それぞれの思索はすこぶる濃密。クリシャンの「心の南から北へと進む」「広大な内的空間の横断」中、読者も「来しかたをふりかえる瞬間がある」かもしれない。いま自分がここにこうしているのは、あのときあの道を選んだからではないか。そんな自分史へと誘われつつ、彼の国では個人の運命と多民族国家の歴史が重なることに嘆息せざるをえない佳篇である。