ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tess Gunty の “The Rabbit Hutch”(2)

 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。今年の全米図書賞の発表前、ひさしぶりに最終候補作をあらかじめ読んでおこうと、The Mookse and the Gripes の関連スレッドをながめていたら、表題作を高く買っているコメントが目にとまった。当たるも八卦当たらぬも八卦、これだけ読んでみようか。

 フタをあけると、ひとのフンドシで相撲を取ったような予想ならぬ予感が的中。いや、予感ともいえませんな。
 ただ一読、「大型新人作家の登場」だとは思った。「ひとつひとつの単語の選定にはじまり、文章の構成、エピソードのちりばめかた、視点の変化など、叙述表現に非凡な創造力がみなぎっている」からだ。
 書き出しからして、読者の興味をそそるものだ。On a hot night in Apartment C4, Blandine Watkins exits her body.(p.3)
 exits her body? あまり聞いたことのない表現だけど、dies って意味かな。以後もなんどか出てきたので、そのつど最初の解釈どおり読んでいたら、やがて大事件発生。なるほど、そういうことだったのか、という仕掛けになっている。
 そもそも、Blandine Watkins とはなにものか。たぶんネタを割ってもだいじょうぶだろうと思うので引用すると、In the aftermath, Tiffany picks up more shifts at Ampersand. She legally changes her name to Blandine, ....(p.118)このくだりまでぼくは、Blandine Watkins なる若い娘が Tiffany Watkins という17歳の少女と同一人物であることに(同姓なのに)気づなかった。アホみたいだが、え、と驚きましたね。
 と同時に、Blandine の正体をはじめ、それまでいろいろ疑問に思ってきたことが一気に氷解。わかってみると、これは「よくある疾風怒濤の青春物語」である。なのにどうしてこんな回りくどい書きかたをするのか、と腹を立てるひともいるだろうし、へえ、なかなか凝ってますねえ、と感心するひともいるだろう。ぼくは、わりと後者だった。「わりと」というのは、前者の立場も理解できるからだ。
 そんな本書が全米図書賞(National Book Award)を受賞ということも、まあ、わかる。Rabbit Hutch という「マンションの住人たちの人生は十人十色。ブランディンとかかわったり、かかわらなかったり、それぞれの生活からアメリカの日常風景が見えてくる」からだ。つまり、これはいかにも national な作品なのである。
 
(下は、この記事を書きながら聴いていたCD。リング4部作を聴くのは恥ずかしながら2回目だけど、なにしろ全14枚。1枚目でもう疲れてしまった。挫折しそう)

Der Ring des Nibelungen (Bayreuth 1955)