ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Maaza Mengiste の “The Shadow King”(1)

 ゆうべ、今年のブッカー賞最終候補作、Maaza Mengiste の "The Shadow King"(2019)を読了。さっそくレビューを書いておこう。(後記:本書は2019年のロサンゼルス・タイムズ文学賞の最終候補作でもありました)。 

[☆☆☆★★★]「影の王」とは何者か。タイトルどおり単数形で答えればエチオピア版「影武者」だが、実際には複数の影が存在する。本書は歴史の影、心の影の物語である。舞台は1935年、イタリア軍の侵攻により戦禍に巻き込まれたエチオピア。激しい戦闘に息をのみ、残酷な処刑に目をおおいたくなるが、ここで特筆すべきは、重要な役割をになう人物ほど陰翳に富んでいることだろう。正義の騎士のはずが横暴なゲリラ戦指導者、非情だが人情味のあるイタリア軍大佐。なかでも、かずかずの悲惨な目にあいながら祖国のためゲリラ軍に参加した女性ヒルトと、父親がユダヤ人のイタリア軍従軍カメラマン、エットレの対峙が圧巻。それぞれの心に宿る影から、交戦した両国の歴史の影が次第に浮かびあがる。それにひきかえ、肝心の影武者は意外に影が薄いものの、民衆におよぼす〈影武者効果〉は絶大で、そのあたり史実かどうかはさておき無類に面白い。一方、ヒルトとエットレが再会した後日談で、両者とも人間としての陰翳が薄れている点は興ざめ。なお、本稿冒頭の問いにたいする著者自身の答えは「あとがき」にしるされている。歴史の、人間の光と影という問題に深く踏み込んだ作品とは言いがたいが、知られざる影に焦点を当てた物語性豊かな佳篇である。