ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Helga Ruebsamen の “The Song and the Truth”(2)と、ヴェトナム戦争小説選

 寝しなに読んでいる『ライオンのおやつ』がとてもいい。エピソード単位で途切れ途切れに進んでいるのだけど、いまのところ毎晩、しあわせな気分で眠りに落ちることができる。
 それが就眠儀式としての読書のポイントで、デスク橫の〈気になる積ん読本〉コーナーに飾ってある大作群となると、そもそも手に取るだけで重たく、中身もサイズに比例して重そう。布団のなかで読むには最悪だ。
 それどころか、デスクで取り組むのもおっくうで、いきおい、何冊か混じっている小ぶりのものから片づけたくなってしまう。表題作もそんな誘惑に負けて取りかかった。

 Helga Ruebsamen については、Wiki にも簡単な紹介しか載っていない。Helga Ruebsamen (4 September 1934 – 8 November 2016) was a Dutch writer. She received the Ferdinand Bordewijk Prijs in 1998 for Het lied en de waarheid. このあと、Works 一覧があるだけだ。
 本書を入手したのは、たぶん、英語で海外純文学を楽しみはじめた2000年代初期のことだと思う。ベストセラーをはじめ、興味のわいた本を検索すると関連本がずらっと並んでいて、そのどれもが魅力的なカバー。あ、これもおもしろそう、と試みにひとつチェックすると、また同じく見ばえのいい本とご対面。
 当時は宮仕えだったのでサイフのひもがゆるく、衝動買い、ジャケ買いをよくしたものだ。この "The Song and the Truth" もそんな流れで書棚にまぎれこんでしまったらしい。
 巻頭の作家紹介によると、Helga Ruebsamen was born in 1934 in Jakarta, Indonesia, and spent her early childhood on Java. In 1939 her family traveled to Europe, and they stayed in Holland throughout the war.  察するに本書はどうやら、Helga Ruebsamae の実体験をフィクション化した自伝的作品のようだ。
 ひとことでいえば、これは「戦争と青春という通俗的なテーマの通俗性を感じさせない佳篇である」。幼い少女が経験した通過儀礼と戦争の思い出を綴ったものだ。
 war といっても、それがなんのことだか少女 Lulu には当初ピンとこない。war, Hitler, the Jew ということばをなんどか耳にするうち、やがてその意味がなんとなく、しだいに頭に入ってくる。それが同時に彼女の通過儀礼の一部にもなっている。
 ぼく自身の体験としては、リアルタイムではじめて報道に接した戦争はヴェトナム戦争だが、たしかに中学時代はなにもわかっていなかった。その後も、『ディア・ハンター』や『地獄の黙示録』などの映画を観て、あれはそんな戦争だったのか、とイメージが浮かぶようになった程度。殿岡照郎の『言論人の生態』を読むまで、当時の日本の知識人とマスコミの偏向についてもまったく知らなかった。
 ちなみに、「ヴェトナム戦争」で本ブログの過去記事を検索したところ、いくつかヒットしたが、実際にあの戦争に従軍した Karl Marlantes の "Matterhorn"(2010 ☆☆☆☆)と、アメリカに亡命したヴェトナム難民の作家 Viet Thanh Nguyen のピューリツァー賞受賞作、"The Sympathizer"(2015 ☆☆☆☆)がベスト2ではないかと思う。(追記:その後、Jeffrey Lewis の "Meritocracy: A Love Story"(2006 ☆☆☆★★★)をくわえ、ベスト3としました。同書は、ヴェトナム戦争そのものではなく、従軍を志願したアメリカのエリート青年とその友人たちを描いた青春小説です)。

 いまの子どもたちにとっては、もちろん、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が戦争の代名詞となるのだろう。この夏、近所の公園でも小学生が、「プーチン!」「ゼレンスキー!」と叫びながら水鉄砲で戦争ごっこをしていたものだ。
 Lulu はいう。.... I was suddenly certain that we were all doomed.(p.294).... the child who was always so obedient, and always wanted to please everyone else, suddenly hadn't a clue what to do.(p.338)
 これは本書の通過儀礼を端的に要約したくだりである。「通過儀礼」ということばの重みがしみじみと伝わってくる作品である。

(下は、先月末に帰省したさいに撮影した愛媛県宇和島市の風景と、市内の歴史博物館に所蔵されている、おそらく同じ場所から撮影したものと思われる明治20年ごろの風景写真)