ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

天沢退二郎の『まわりみち』

 けさの新聞で天沢退二郎氏の訃報を知った(以下、敬称略)。
 天沢退二郎は、肩書きとしては「フランス文学者・詩人」ということだが、寡聞にして学者としての業績は知らない。が、アラン=フルニエ作『グラン・モーヌ』の訳者ということだけは知っている。原作は "Le Grand Meaulnes"(1913 ☆☆☆☆★)。

 詩人として記憶にあるのは、たしか新潮社刊『昭和詩集(二)』に作品がいくつか収録されていたはず、と思い出し、ひらいてみると6編載っていた。その最初は『座〈一つの blue〉』。こんな書き出しだ。

 天末線を黝(あおぐろ)い松林で縁どった
 日暮れどきの東の空には
 蒼鷺(あおさぎ)どもが雲の枝を埋めて栖(とま)り
 ひややかにゆれる眸で
 じっとこっちを瞶(みつ)めている

 ひさしぶりに読んでみて、ああ、やっぱり天沢らしいなと思った。じつは学生時代、ぼくは彼の作品を追いかけたことがあり、そのきっかけとなったのは、『ワンダーランド』誌第2号(1973年9月刊)に載った『まわりみち』というショートショート。小学生の男の子・竜がある日、「来たこともない奇妙な通り」でふしぎなできごとを経験するファンタジーだ。

『ワンダーランド』は現在のファッション誌『宝島』の前身で、第1号は1973年8月刊。同年11月号から『宝島』となり、74年2月号まで植草甚一編集というふれこみだった(後注)。植草の関与が実際どの程度のものだったかは不明だが、とにかくサブカルチャーの殿堂のような雑誌で、いま目にしても、ポップで斬新なパワーがみなぎっている。
 その『まわりみち』にぼくは頭をガツンとやられた。そこでさっそく『光車よ、まわれ!』を買い求めたところ、これにもノックアウト。この二作で追っかけがはじまった。

(P[あ]2-1)光車よ、まわれ! (ポプラ文庫ピュアフル)

 といっても残念ながら、以後の作品からは同様のインパクトを受けなかったので、いま書架を見わたすと、単行本は3冊しかのこっていない。それでも『光車』はちくま文庫版も入手したし(裏表紙の内容紹介によると、「いそげ! 死の国の叛乱のときはせまっている…。ある雨の日から始まった一郎やルミ子の大冒険。彼らはぶじに〈光車〉を見つけて、死の国の王に勝てるだろうか? 心おどる本格ファンタジー)、植草編集の雑誌も3冊だけ、いまだにだいじに保管している。
(後注:午前中は急遽、自分の記憶のみを頼りに『ワンダーランド』のことを書いたが、その後ジムから帰って調べたところ、植草甚一が編集したのは全6冊だった。ぼくが持っているのは『ワンダーランド』2冊と、旧『宝島』74年1月号だけ。その理由を思い出してみると、73年10月に出るはずだった『ワンダーランド』第3号がなぜか休刊、11月に出たのはいいが誌名が変更され、内容もずいぶん希薄になっていた。上の新年号は記念に買い、あとは書店で立ち読み、ということだったような気がする)。
 訃報では「少年少女のための小説『オレンジ党』シリーズなども執筆した」としか紹介されていないが、ぼくにとって天沢退二郎は、なによりもまず、上の二作を書いたファンタジー小説作家である。引用した詩にしても、いかにも天沢の童話に出てきそうな情景が描かれている。その景色がだんだん、西の空のかなたに消えていく。享年86歳。謹んでご冥福をお祈りします。