ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Geetanjali Shree の “Tomb of Sand”(1)

  2022年の国際ブッカー賞受賞作、Geetanjali Shree(1957 - )の "Tomb of Sand"(2018, 英訳2021)を読了。Shree はインドの作家で、いままで五作の長編小説といくつかの短編集を上梓。本書は、ヒンディー語から英訳され国際ブッカー賞を獲得した史上初の作品とのことである。さっそくレビューを書いておこう。

Tomb of Sand

[☆☆☆★★★] 力わざに根負けした。もし映画化して邦題をつけるなら『愛と混沌のインド』。混沌とは、政治的にはインド・パキスタン分離独立以後の状況を指すが、彼の国はもともと多民族・多宗教国家であり、本書の混沌もそうした伝統と文化に根ざすものである。とりわけ現代においては、アフガニスタンタリバンの問題もあり、「宇宙から見おろせば」ひとつの地域が実際は憎悪に満ちあふれ深く分裂している。ゆえに「憎しみが増すなか、愛を語ることは感傷的に思える」。だが、作者はあえて愛を語ったのだ。本書は壮大なラヴストーリーである。けれどもその要諦はなかなか見えてこない。饒舌でまわりくどい文体、吹き荒れるダイグレッションの嵐、目まぐるしい視点変化、劇中劇と自作解説をまじえたメタフィクション、カラスとひとがふれあうマジックリアリズム。さながら終幕直前まで、さまざまな具材にいろいろなスパイスやハーブを混ぜあわせた結果、なにを食べているのか、どんな味かもわからなくなってしまったボリュームたっぷりのインド料理である。このごった煮こそインド固有の文学なのだといいたげなくだりもあるほどだ。途中で挫折したくなる読者も多かろうが、ここでは登場人物もまた混乱の渦に巻きこまれる。老いた母の常軌を逸した愛の物語にふりまわされた娘は、コミカルなドタバタ劇のあげく、「わたしはだれ?」と自分のアイデンティティを疑う。その母の愛がじつは、混沌というインド固有の文化にもとづく「壮大なラヴストーリー」の源泉だったと気づかされるまで、読者はおそらく忍耐をしいられる。そして根負けするだろう。これは大力作であると。