ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

J.G. Farrell の “Troubles”(5)

 去年の全米批評家協会賞受賞作、Honorée Fanonne Jeffers(1967 - )の "The Love Songs of W.E.B. Du Bois"(2021)を読んでいる。とてもおもしろい!
 取りかかったきっかけは、前回の "Tomb of Sand"(☆☆☆★★★)との超大作つながり。去年のいまごろだったか届いた本書をひと目見るなり、こんなデカ本、いつになったら読めるんだいと即ギヴアップ。ただでさえ、書棚にはぶ厚い積ん読本がずらっと並んでいるのに、せめて新刊くらいフツーの長さ限定にしてくれよ。
 ところが、案ずるより産むが易し。なかばヤケクソで手に取ったら、なんとクイクイ読める本だった。といっても諸般の事情で一日に進む量は微々たるものだけれど、それでももう中盤。あと半分足らず、いましばらく楽しめそうだ。
 閑話休題。やっと "Troubles" のほんとうの落ち穂ひろい。このブッカー賞史上まちがいなく屈指の名作(☆☆☆☆★)、どこが、いかにすごいか。
 と思わせぶりな問いのわりに答えは単純明快。ハナから結末が読めても非常におもしろい。そんな本はべつにめずらしくはないが、そのおもしろさが想像もつかないほどハンパではないのである。
 たとえば、とその例を挙げると切りがない。主なものはレビューにまとめたつもり。

 書きだしはこうだ。In those days the Majestic was still standing in Kilnalough at the very end of a slim peninsula covered with dead pines leaning here and there at odd angles. ... Here and there among the foundations one might still find evidence of the Majestic's former splendour: ...(p.3)
 このくだりから、the Majestic(ホテル)がいまはそこに建っていないし、当時すでに昔ほど majestic ではなかったこともすぐにわかる。やがてその荒廃ぶりがしだいに明らかに、とくれば、結末はもう読めるだろう。これが trouble その一。
 つぎに、その当時というのが第一次大戦直後のことで、舞台が上の Kilnalough という地名も示すとおりアイルランドとわかる。In the summer of 1919, not long before the great Victory Parade marched up Whitehall, the Major (Brendan Archer) left hospital and went to Ireland to claim his bride (fiancée), Angela Spencer.(p.5)
  ところが、Brendan 少佐は婚約者の Angela となかなか話ができない。それどころか、Angela とほんとうに婚約したのかどうかと疑う始末。Angela の兄でホテルを経営する Edward たちの風変わりなようすにも驚き、'How incredibly Irish it all is!' thought the Major wonderingly. 'The family seems to be completely mad.'(p.22)これが trouble その二だが、この展開はおそらくハチャメチャなものだろうと予想がつく。
 第三の trouble は大英帝国にかんするものだ。the abomination of Sinn Fein(p.17) throughout the world the great civilizing power of the British Empire had been at stake(p.46) If you simple-minded Dominion-Home-Rulers got your way and tried to coerce Ulster we'd end up with a bloodbath and the Empire in ruins(p.51)こうした記述から、どうやらアイルランド問題をひとつのきっかけに、大英帝国がしだいに崩壊へと向かいつつあることがわかる。
 以上、三つの trouble がそれぞれからみあい、おしまいにはホテルが廃墟と化すのでは、と「ハナから結末が読め」るわけだが、途中の「ハチャメチャ」ぶりが「想像もつかないほどハンパではない」。レビューでは、「たくさんのネコが館内を走りまわったり、経営者のエドワードが子ブタの飼育に精を出したり」といった例を挙げたが、あとは推して知るべし。終わってみれば、「不条理なおかしさ、ここにきわまれり。傑作である」。どこか奇特な出版社が邦訳を出してくれないものか。

(下は、この記事を書きながら聴いていたCD)

STUDY IN BROWN